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時空警察NoT -Chapter 2/6-

「ひ、『人』という字を3回書いて・・・。ん?あれ?・・・3回で良かったっけ?5回だったっけ?あああっ・・・!間違えて『入』って書いちゃった!やり直しっ!」

駅のホームのベンチで、水色の髪をしたポニーテールの少女が、なにやら独り言を喚いている。

「ダメ!・・・ダメよ千里。憧れの時空警官に今日からなるのよ。いや、もう既になっているわけなのよ。それなのにこんな公衆の面前でアタマ抱えてる場合じゃないわ。もっとシュッとしないと!そうよ千里!常に前を!手前を!手前30メートル地点でウインカーを出してブレーキを・・・!ああっ!踏んじゃダメだああああ!進むのよおおおお!」

「随分と、忙しい娘さんだな」

恰幅の良い男が、つかつかと彼女に歩み寄る。脂ぎった肌に無精髭の、オフィス街でよく見かけるような風貌の中年。ピッチリと着られた青い制服には、左から「N」「o」、ポケットの刺繍と混ざり少し判りづらいが「T」の文字がある。

NoT。

National Public Safety Comission of Time and Space Agency、日本語に訳すと、国家公安委員会時空保安庁。時空に関連する問題を解決する役所であり、時空ルールの違反者を取り締まる警察機関である。・・・はずだが。

制服の文字を確認した瞬間、千里は頰を紅潮させつつ、できるだけ平静を装おうとしながら敬礼する。声は上擦ったまま。

「よ、よっ、よろず!よろしくお願いいたしますです!今日から配属しま・・・されています、津雲 千里(つぐも せんり)と申します!すっ、寿司っ・・・じゃなくて、好きなおやつは醤油せんべいです!」

「・・・元気な子だねえ。君には接客業の方が向いてるんじゃないか。時空警官なんてただの公務員だ。普段は暇な部署なんだ。まだ若いから夢見るかもしれないが、地味な仕事だぞ。一応、自己紹介は返しておく。空島だ」

「・・・はっ・・・」

千里の声が聞こえているのかいないのか、空島は窓口の駅員にそっと警察手帳を見せ、後ろの千里を指差して改札口を抜ける。

「・・・カッコイイ・・・。改札を顔パスで・・・」

瞳を輝かせる千里を振り向くこともなく、空島はおもむろにビジネスバックのジッパーを開ける。高さ2cmほどの薄い段ボール箱が入っており、上面に貼られたガムテープを乱暴に剥ぎ取ると、中にはポケットティッシュの束。何やら紙が挟まって、そこにはこう書かれている。

じくうけいさつ

 みんなのまちの

 ゆかいなけいさつ

 こまったときは どうぞ

 きがるに ごそうだんください

「明るい君には、広報担当をやってもらおう。このティッシュを、駅前で配ってくれ。私は署に戻るから、ぜんぶ配り終えたら連絡してくれ。じゃあ、頼んだぞ」

「は、はい・・・」

呆然とする千里に段ボール箱と紙袋を手渡して、空島は構内を去っていく。

「・・・違う・・・こんなのは憧れの時空警官的な仕事とは言えないわ。なんというかこう、シュッとしてない・・・。特殊任務的な面持ちがしない・・・ていうかこれ普通のティッシュ配りじゃん。昔カラオケ屋でバイトしてた時にやったよ!そんなんじゃないの!未知との遭遇系のアレを求めてるのに!とはいえ、仕事はちゃんとしなきゃ・・・そう、お給料が発生しているから、ってママに教えられたのよ・・・配るわよ!」

本日付けで時空警察NoTに配属された、新渡戸 光一(にとべ こういち)津雲 千里(つぐも せんり)。2人の初任務はそれぞれ、街の人たちに向けたミニ会報づくりと、その宣伝のティッシュ配り。

会報をさっさと短く書き終えて椅子で舟漕ぎをしている光一と、ひたすら「よろしくお願いしまーす!」とティッシュを渡す千里。同じ時刻に、2人は同時に心の中でつぶやく。

(つまんないなあ。なんか起きないかな・・・1時間後に爆破予告とか・・・)

その数分後に、いとも簡単にそれが起きることなど、2人は知る由もない。しかし空島だけは違い、タバコの煙をくゆらせながら溜め息をついている。

「もうそろそろ、あの厄介者が暇つぶしに来るんだろうな。まあ、あいつらの暇つぶしにもなるだろうから、いい頃合いか・・・。全く、しょうもない」


Chapter 3/6につづく


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サウナはたのしい。