ビールと檸檬サワーと昔の話
父親とケンカしたのは1年前のことだ。私は一人暮らしをしているのでもともとお盆と正月しか親に会っていなかったのだが、ケンカしてから余計に実家に帰らなくなっていた。今年の正月は初めて家族以外の人と過ごし、3月になって妹に「そろそろ帰ってあげないと‥」と言われてしまった。だから、いよいよ帰らなければということで重い腰を上げて先日実家に帰省してきたのだ。
◀︎
私が小さな頃の父は頭の柔らかい人だった。子供の遊びに対してもっと面白く遊べるアイデアを提案してきたり、体操教室のボールつきや縄跳びの宿題なんかにもよく付き合ってくれて「こうしたらできるんじゃないか?」と、やり方を一緒に考えてくれたりした。また、なにかと若い頃のやんちゃ話を私や妹に聞かせてくれたのも印象的。父が若気の至りや思い出話を面白おかしく話していただけなのだと思うのだけれど、私はいつもわくわくしながらそんな話を聞いていた。(学生時代の下宿先の布団にキノコが生えた話やパチンコで何十万もすった話、足の裏にぶっとい釘がぶっ刺さった話などなど。)まだ幼い私は父の型にはまろうとしない部分が好きだったのだと思う。けれど、私が思春期をむかえ父は仕事が忙しくなり、だんだんお互いに話す機会がなくなっていった。そうして話すことがほとんどないまま私は大学に入学、一人暮らしをはじめた。その頃には思春期もとうの昔に過ぎ去り父と仲良くしたい気持ちはあったのだけれど、もうお互いに距離の取り方がわからなくなっていたのだと思う。
そんな父と意見の食い違いでケンカした。私のやりたいことや私の幸せの形と、父の思う娘の幸せの形が違ったことが原因だった。言い合いの末、「パパは〇〇(私)のことを思って言っているんだ!」と言われた。あまりにも定型文的なその発言になんだかとても腹が立って「パパが思う私の幸せが私にとってほんとに幸せとは限らないでしょ!幸せを願ってと言われても、そうやってパパの考えを押しつけられるのがなによりも私にとってはストレスなの!」と言い返した。そうして父が理論ばかり並べて正論ぶって自分の意見を押し通そうとしているように感じられてすっかり白けてしまった。自分の意見を押し通そうとしている事に関しては私も同じだったのだけれど、少なくとも私の方がもっと柔軟にさまざまな物事を理解しようとしている、と思った。父は自分が絶対的に正しいと思いたいだけなんだと、その時は本当にそう感じたのだ。実家から今のアパートに帰ってきて少し悪かったなと思い、一応LINEで謝ってはみたものの、父と私とは考え方や価値観が全く違うのだと思った。そしてそれは人間と人間が関わる上では仕方のないことなのだ、とも。お互いにより気まずくなった感じがあり、表向きでは波風立たないようにしているけれど深いところで分かり合えていないのがみえみえだった。
◀︎
久々に実家に帰るとお昼にたこ焼きが用意されていた。ケンカをしたからといって憎み合っている訳ではないので、私が帰省するのを楽しみに待っていてくれていたらしい。母はもともとよく喋る人なのだがその日は更によく喋った。「ママよく喋るね」と父に言うと「家に二人の時は全然喋らないよ」と言った。
夜は焼肉だった。お酒の好きな父が同じく酒好きの私にビールと檸檬サワーを何本か用意してくれていた。てきとうに乾杯をして3人でホットプレートを囲んでスーパーで買ってきた肉を焼いて食べた。アルコールが回ってくると父も私も饒舌になっていった。お互い自分のことなんてここ10年くらいほとんど話したことがなかったのだけれど、気づけば私は最近の仕事のことや趣味のことまで調子よく話していた。思えば一緒に飲んだことも今までほとんどなかったから、私たちにはこういう機会が必要だったのだと思う。楽しかった。そしてビール3缶を空ける頃、どちらからともなくケンカをしたときのことを話していた。「結局パパはパパが幸せになりたいだけなんだよ。」父はそう言った。そんなことを言うなんて意外だった。理論ではなく、ただそうなんだと言う父のことを好きだと思った。「私もそう。人間は結局自分が一番大切だもの。」ふわふわしながら冷蔵庫から追加の檸檬サワーを取り出しながら何となしの感じで言ってみた。そこから、自分が人に親切をしても全部偽善に思えてくるよなという話になり、一通りそんなこんなを話した後に「パパはパパが幸せになりたい。その上で、〇〇(私)の幸せがパパの幸せでもある。」と父が言った。その言葉を聞いて、すっかり酔いの回った頭で本当にそうなんだろうなと感じ素直に嬉しかった。色々話すと今まで知らなかった父の様々な面を知ることができた。父は私が幼い頃に見ていた父とほとんど変わらなかった。そして、私たち二人は考え方がとても似通っていた。これ以上にないほど気が合ったのだ。気づけば飲み始めてから5時間も経っていて、結局日が変わるまで語り合った。
◀︎
ずっと親との関係を悩んでいたから、今回の帰省は密かに私にとても大きな変化をもたらしたように思う。お絵描きや本が好きなのもあってよく家で過ごす子供だった。そんな心地の良い場所がいつしか居心地の悪い場所となっていたのが、たぶんずっと、悲しかった。「帰りたくないなあ。」そんな気持ちになったのはいつぶりだったろうか。その気持ちが愛しかった。ちゃんと愛してもらっていた。「楽しそうに暮らしてるようでよかったよ。」そう言われてふっと気持ちが軽くなった。もしかしたらそれは一番ストレートに「あなたが大切だ」ということを伝えられる言葉なのかもしれないなあと思った。そして、やっぱりお酒はいいもんだ。ビールと檸檬サワーの組み合わせにお礼を言いたい。次はいつ実家に帰ろうか。その時はまたお酒で乾杯をして飲み語り尽くそう。乾杯!素敵な夜をありがとう〜。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?