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私は普通の宇宙人 2


水の中のもの

着替えが終わり、事務所でお母さんは散々言いたいことを言った。
私は途中で眠くなったらしく、ソファーで寝ていた。

ソファーで寝ている時、夢を見た。
さっきのプールの中みたいだったけど、何か少し違う。
私は潜っていて水の底を歩いている。足元は砂地で、歩くと砂が水の中に舞い上がる。我に戻ると、息が苦しくないことに驚いた。しかし、なぜか不思議とは思わず、すんなりそのことを受け入れられていた。
砂地の水の中を歩いていると、街にでた。
そこには光がなく暗かったが、よく見えた。
小さな街だったが、誰かいて、暖かく迎えてくれた。水を飲みすぎてお腹が痛かったのだが、その街に着くと痛みは消えていた。
暖かく迎えてくれた何かから、「あまり長くここにいてはいけない」と言われた気がして、私はすぐ引き返した。
深い水の底にいたにもかかわらず、ひと掻きでぐーんと進む。楽しかったが、何回も掻かないうちに水面に上がってきてしまった。
明るい光が眩しくて、目をしょぼしょぼさせながら開くと、そこはまだ、事務所のソファーの上だった。
お母さんは相変わらず、プールの先生たちに文句を言っていた。
「ここの管理はどうなっているんですか?」
「3人の女の子が危ない思いをしたんですよ」
「薫ちゃんなんか病院まで行く羽目になってしまって…」
「うちの天音が水嫌いになったらどうするんです!」
私の名前が呼ばれたので、一瞬で覚醒した!

そこへお父さんが来た。目を覚ましたばかりの私を見て、黙って抱きしめてくれた。
その時「ん?」っと手のひらを見て、ジェル状のものがついているのを一瞬確認したが、すぐに水になって蒸発してしまったから、あまり気にしていないようだった。その瞬間を女の先生は見逃さなかった。私にガバッと近づいてきて、頭や背中を触った。お母さんは驚いて
「何をするんですか?」と狂乱した。
「あっ、すみません、さっき言ったジョルみたいなのが、お父様の手についたように見えて…」
「はー?!何度も確認しましたよね、うちの天音が悪いって言うんですか?」
「まあまあ」とお父さんは宥めるけど、お母さんの怒りは治らない。
「お父さん、すみません、天音ちゃんを触った時、ジェルみたいなものが手につきませんでしたか?」と女の先生は恐る恐る聞いた。
「あの、私さっきプールから天音ちゃんを引き上げる時、一瞬、ジェルみたいなものが手について、驚いたんですけど、すぐになくなったので気のせいかと思ったんですが、今お父さんの手につきましたよね。」口早に女の先生は話した。お母さんに邪魔されたくなかったからだろう。
お父さんに注目が集まり、お母さんは「キッ」とお父さんを睨むようにみた。
お父さんは
「えっ、そうなの?」と飄々と答えたので、女の先生が嘘をついているみたいな空気になった。

「もういい加減にしてください。天音は一番の被害者なのに、なぜ悪者のように扱われるんですか?おかしいでしょ!」

お母さんの怒りは治らなかったが、お父さんが宥めて、「天音も疲れてるから帰ろう」そう言うとまだまだ言い足りない!と言う顔をしていたが、渋々車に乗って家に帰った。

お母さんは家でもぶつぶつ言っていたけど、お父さんがお風呂のお湯を入れてくれて、ふたりで入った。
「天音、大変だったね、大丈夫かい?」
お父さんはいつも穏やかで、私の話を疑わないで聞いてくれる唯一の人だ。
「うん、でも怖かった。」
「プールに入る前から、薫ちゃんが水にぶくぶくぶくって沈んでいく絵が見えて、ずっと心配していたの。なんだか嫌な感じに進んでいるみたいな気がして、ずっと怖かったの。薫ちゃんが沈んだら助けようと準備してたから、助けられてよかった。」そういった。
「そうなんだね、すごいな、天音。助けられたんだね。でも天音が溺れなくてよかった。心配してたんだ。前に海に行った時も、沈んだことがあったでしょ。」
お父さんにそう言われて、まだ小さい頃に家族で海に行った時のことを思い出した。

映画で見た海がとても好きで、そのシーンを何度も見たがるものだから、両親は「本物の海を見せに連れて行ってあげよう」と言う風に考えてくれて、3歳か4歳の頃、海水浴に出かけた。
その日は波も穏やかで、海水浴客が大勢来ていた。
水着に着替えて、浮き輪を持って、3人で海に入って行った。
マナーの悪い若い人がいて、お母さんはそっちに気を取られていた。
私を抱き抱え、私の足のつくところまでとお父さんは思っていたのに
「せっかく来たから、少し深いところに連れて行ってみましょうよ!泳げるようになるかもしれない!」とお母さんが言ったので、お父さんは恐る恐る少し深いところまで私を連れて行った。
私は水が好きだったので、(赤ちゃんの時から顔にシャワーの水があたっても泣かないどころか、「キャッキャ」と喜んでいたらしい)お母さんは「大丈夫」と踏んだみたいだった。)
実際全く泣くこともなく、お父さんに抱えられたまま、深いところまで行く間も、水の中を見てみたり、空を見てみたり、楽しそうだったそうだ。

深いところまで行くと、チャレンジャーのお母さんがお父さんから私を取り上げて、水に浮かべるようにしてみたり、一瞬一緒に海に潜ってみたり、いろいろ試していた。
「あなた、本当にこの子は水が怖くないのね!水泳選手になれるかしら!!」とご機嫌だったそうだ。
お父さんはいつも危なっかしいところがあるお母さんから、早く私をもらいたくて、何度も「僕が抱くよ」とに声をかけたらしいが、お母さんは聞かなかった。
「あら、大丈夫よ!信用できないの?ほーら見て、笑ってるでしょ!」と私を「ブーン」と振り回すようにした時、手が滑り、ポーンと遠くに飛ばしてしまった。
お父さんがいる方と逆の方に飛ばしたものだから、二人とも慌てて私を救いに行ったらしい。
ポーンと投げられた私は、そのまま「ドボン」と海の底に沈んでしまった。

海に行ったことはあまり覚えていないのだが、海の中で見たものはよく覚えている。
「ドボン」と水の中に入った瞬間、すごい力で水の底に引き摺り込まれた。
何が起こっているかわからない。ふつうの幼児そうするように、何も抵抗できずに、されるがままだった。
でも、怖くなかったし、嫌な感じはしなかったのを覚えている。
そのうちどこかに着いた。でも、どこかわからなかった。
真っ暗だったが、何か見えるような気がして辺りを見渡すと、何かの気配がする。しかしそれが何かは、わからなかった。その何かの気配は、そこだけではなくて、どこかへ続く入り口のようにも感じた。
そんなことを感じていたら何か包まれているような感覚があって、次の瞬間に体がフワーッと浮いて、その直後に遠くから光が差してきたのが見えた。

水面近くまで浮上?してきたら、お父さんが潜って私を助けに来る姿が見えた。お父さんに手を伸ばし、二人がつながった瞬間に口から息が「ぶくぶくぶく」と出ていって、一気に苦しくなった。
すぐさま、水面に上げてもらえたので、呼吸ができて助かった…と思ったが、水の中にずいぶんいた気がしたのに、その間苦しくなかったのか、後で不思議になったと同時に、恐怖で「ゾワッ」と鳥肌がたった。

こんなことがあったが、私は泣くことも無く、キョトンとしたいたみたいだった。後のことは覚えていないが、お母さんが慌てまくっていただろうとは想像がつく。

この日もお父さんと一緒にお風呂に入りながら、話をしたのを覚えている。
「天音、苦しくなかったかい?」とお父さんは聞いた。
声が詰まって涙が溢れていたみたいだった。
「うん…苦しくなかったよ…お父さん、大丈夫?」と聞いた。
「ごめんね、天音を失うんじゃないかって、お父さん必死だったんだ」
そう言って私の手を「ギュッ」と掴んだ。
お父さんがいつもそうしてくれて嬉しいから、泣いているお父さんの頭をなでなでした。
泣いているお父さんに、
「あのね、誰かに連れていかれたの。水の底にはなんか居て、でもそこには入れなかった。」そう言った途端、お父さんは顔をガバッと上げた。
「天音、今なんていったの?」
私は驚いたけど、もう一度「誰かが水の底に連れて行ってくれたんだけど、その奥には行けないって、そしたら上に浮かんで行ったの」そう言った。
「それは水の底の街かい?」と小さな声で聞いてきたが
「うん、でも暗くてわかんなかった」と答えた。



もう嫌になった

小学4年生になった頃、私はお母さんそっくりになっていた。
周りの子たちが幼く見えて、仕切りたがる気持ちがむくむく湧いていていた。
ある日の昼休みに、
いじめっ子の達也くんが、周りの女の子に
「どけよ、ばーか、ブス、ばかとブスは俺の前から消えろー」と大きな声で言っていた。ちょうどその時に、私が教室に戻ってきた。
「やべっ、『気持ち悪い音』が来た」と言って逃げようとした。
素早く動いて達也くんたちいじめっ子の前に仁王立ちして、
「達也くん、なんで、そういうこというの?みんな嫌がってるじゃない。あみちゃんが怖がってるでしょ、やめなよ、そういうの」といじめっ子を一喝した。
教室のみんなはびっくりしてあみちゃんを見た。
あみちゃんが怖がっていることに、気付いたのは私だけだったし、私からは見えないところにいたあみちゃんに私が気づいたことで、教室に冷たい空気が流れた。

その日の午後に、班で協力して工作を作る授業があった。
何を作るか話し合って、それぞれ持ってくるものの役割分担をした。
私は昨日も忘れ物がないように、班のみんなに釘を刺していた。忘れ物をすると、計画通りに工作ができないからだ。
しかし、いつも忘れ物をするゆうとくんが「紙コップ」を忘れてきていた。
「ゆうとくんはさ、どうしてそんなに忘れ物するの?紙コップがないと工作ができないじゃない。もう、どうしたらいいのよ。あっ、本田先生にもらうから一緒に来て!」

ゆうとくんを引き連れて、職員室に来た。
コンコン、「失礼します」職員室のドアをノックして本田先生のところに行き、「本田先生、紙コップを分けで欲しいんですけど…」というと
本田先生は「え?なんで?なんで先生が紙コップを持ってるって知ってるの?」
「ん?なんかそんな気がして…ゆうとくんが紙コップを忘れたから、班活動ができないんです」というと、
「あー、わかった、昨日買ってきたばっかりだから、はいこれ」っと言って真新しい紙コップを渡してくれた。
「ほら、ゆうとくん、お礼は?」と偉そうに言って
「あっありがとうございます…」と小さい声でお礼を言っていた。
紙コップのことも不思議に思ったみたいだったが、本田先生はゆうとくんに
「なんで紙コップ持ってこなかったんだ?」と聞いた。
黙ってるゆうとくんの代わりに、口が勝手に喋り出した。
「ゆうとくんはお母さんに紙コップを買ってって言えなかったんですよ、ね。お母さん病気だもんね」
そう私がいうと、ゆうとくんはびっくりして、泣きながら職員室を飛び出して行った。

本田先生も、周りの先生もびっくりしていた。
私自身もびっくりしていた。


実はこんなことがよくある。
口が勝手に動いて、喋っちゃってること。
後で冷静になって、「なんであんなこと言っちゃったんだろう……」と後悔することが多かった。


少し後悔しながら、呆然としていると、
「ゆうとくんのお母さんが病気だって、なんで知っているんだい?」と本田先生が訝しげに聞いてきた。
私は「うーん、なんと無くそんな気がして……」と答えた。
「そうか、天音さんは、勘がいいんだね。先生の紙コップのこともわかっちゃうしね。先生は昨日、いつも使っているマグカップを割ってしまって、新しいのを買うまで、紙コップで凌ごうと思って、昨日買ってきたんだ。だから本当に驚いたよ」
「先生の紙コップのことも、ゆうとくんのお母さんのことも、なんでもわかっちゃうんだな」
本田先生はそう言った、が、全く褒めているようではなかった。変なものを見るような目で、私を見ている視線が逆に怖かった。

紙コップをもらって、教室に帰ると
「ざわざわ」しているのがピタッと止まった。そしてみんなの視線が一斉に私に向いた。

担任の中嶋先生もいて、ゆうとくんが泣いている理由を聞いていたが、ゆうとくんは机に突っ伏して何も言わなかった。
そこへ本田先生が来て、中嶋先生を廊下に呼んだ。
二人の話の内容は手に取るように分かった。

教室もざわついていた。
いじめっ子の達也くんが
「気持ち悪音が、ゆうとを泣かせたんだぜ、あいつ気持ち悪いんだよ」
そういうとさっき庇ったはずのあみちゃんが、しくしく泣き始めて
周りの子が「どうしたの、あみちゃん?」と聞くと「怖い」と言ってまた泣いた。

ゆうとくんも、あみちゃんも、私がが泣かせてしまった……

「気持ち悪音、どうするんだよ、みんな怖がってるよ。いっつも偉そうに俺に命令してるけどさ、みんなお前のことが怖いんだよ。怖いから言うこと聞いてただけだからな」と言った。
振り返ると、みんな目を合わせてくれなかった。

廊下にいた中嶋先生に
「天音さん、ちょっといいですか?」と呼ばれて、職員室に行った。

職員室に着くと、「相談室」と書かれた部屋に案内された。
職員室でも、私が入ると一瞬で「シーン」と静まり返り、その後一斉に私の方を見る。教室でのそれと一緒のことが起きた。

「相談室」で
「天音さん、何があったのか教えてくれるかな?」と中嶋先生が落ち着いた口調で聞いてきた。

「はい、昼休みに達也くんがいつものように『ばかとかブスとか』大きい声で言っていて、それをあみちゃんが怖がってるって注意しました。それからゆうとくんが紙コップを忘れてきたから、本田先生にもらいに行きました。その時に、ゆうとくんに『なんで忘れたの?』って本田先生が聞いたんだけど、ゆうとくんが何にも答えないから、お母さんが病気だから言えなかったんだって代わりに言ったら、ゆうとくんが泣いちゃったんです」

そう言うと中嶋先生は、
「どうして分かったの?」と一言だけ質問してきた。
私がきょとんとしていると、
「天音さんは、いろいろ気づくことが多いよね。みんなのこともよく分かってる。クラス委員だし、よくみんなと話をしているから、だから分かってるんだと思ってたんだけど……そうじゃないのかな?」
中嶋先生はそろりと聞きにくそうに聞いてきた。

私は、なんと答えたら良いのか迷っていた。
そして、中嶋先生を見た時、
「結婚」と言う言葉が浮かんだ。
口からその言葉がそのまま出てしまった……

中嶋先生は、赤くなったと思ったら青くなって、
「ちょっとごめんなさい」、と言って相談室を出て行ってしまった。


その日以来、教室の誰も口を聞いてくれなくなった。
担任の中嶋先生も、目を合わせてくれなくなって、本当にひとりぼっちになった。
噂が広まるのは早くて、学校中の人が、私を見に来た。
「幽霊が見える」「お化けがついてる」「悪魔」「魔女」ひどい時には「みんなの家に盗聴器を仕掛けている」「教室にはカメラもあるかも」とか「夜中に学校に忍び込んで、職員室でいろいろ盗んでる」と泥棒や犯罪者、頭のおかしい人というレッテルを貼られてしまった。

いじめも始まった。教科書の全部のページに「消えろ」「死ね」」「気持ち悪い」とマジックで書かれ、ビリビリに破かれたり、机は毎日ように廊下に出されていたし、靴がなくなったり、筆箱がなくなったり、洋服が破かれたり、トイレに閉じ込められたり、石を投げられたり、泥を投げられたり、「臭い」とか「汚い」とか言われて、私から机をあからさまに遠ざけたり……それらを見ても、担任の中嶋先生は何も言わなかった。

3学期が終わり春休み中に、中嶋先生が本田先生と結婚して学校かないなくなる、と学校から届いたプリントに書いていた。

つづく




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