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ケチの遺伝子【忘れ去られた自己肯定感】 4



美鈴4


下を向きながら、
独り言が頭の中でぐるぐるしていた。

【あーぁ、終わったー、短い命だったなー、どうしようかなー、お母さんになんて言おう、受かったって言った時、良かったねって言ってくれたのになぁー、あーぁ、1日しか働けなかったなぁー、お母さんを悲しませたくなかったなぁー、バイトしなきゃだなぁー、また面接するのかなー、嫌だなー……】

「美鈴さん、美鈴さん!」
私を呼ぶ声にハッと我に帰り顔をあげると、
社長さんが笑顔で、信じられないことを言った。

「いやー感心感心、初日から綺麗に掃除してくれるなんで、ありがたいじゃないか、
若いのに感心だ!
いやーほんとに綺麗になってる、気持ちがいいな!」
「美鈴さん、ありがとう、君のおかげで、今朝は清々しいよ!」
「明日からも頼むよ!」

ポカンする私をみて、社長さんは笑いながら奥の机に向かって立ち去って行った。

奥さんは「もう社長〜いい人ぶって〜」と言いながら社長さんを追いかけて奥へ行った。


私はまだ、ポカンとしていた。

杉本さんが「美鈴ちゃん、良かったね」と肩をポンポンと叩いた。

まだポカンとしていた私に、「ほら仕事だよ」と奥さんが手を叩いた。



本当の意味で我に帰ったのは、お昼休みに入った時だった。
午前中は、杉本さんが仕事を教えてくれたはずだが、記憶がない……
手帳を見ると、しっかりメモを取っていた。このことには、自分が一番びっくりした。

社長と奥さんは3階の自宅でお昼ご飯を取り、甥っ子の誠二さんは、外回りに出ていたので事務所には杉本さんと二人だった。

杉本さんがお茶を入れてくれた。

「美鈴ちゃん、あんたすごいね、いやー、良かったよ」
「ここの事務員はすぐ辞めるんだよ、今の奥さん、若い子が嫌いでね……」
「ちょっとでもなんかあると、すぐ責められるから気をつけるんだよ」
「まぁ、あんたは大丈夫か」っとうっすら笑った。


杉本さんはその後もずっと喋っていた。
今の奥さんは、後家さんで前の奥さんが無くなった後に来て、6年くらい経つこと。
元々水商売をしていたから、派手なんだと言うこと。
社長さんは誰にでも優しいから、いつも目を光らせていると言うこと。
子供はいないが、前の奥さんとの間に男の子がいるが、今の奥さんと合わずに、遠くの大学に行っていると言うこと。
誠二さんは奥さんの甥っ子であまり働かないと言うことなどなど……
ほとんどずっと話しっぱなしだった。

私は聞いてるフリをしながら、社長さんの言葉を思い出していた。

ありがたい
気持ちがいい
ありがとう
君のおかげ
清々しい
感心
明日からも頼むよ

頭の中でぐるぐる、ぐるぐる、何度も何度もこの言葉が繰り返し流れて、もうどうしていいか分からないくらい胸の奥から込み上げてくるものがあった。
お弁当は、ほとんど喉を通らなかった。

午後は、なんとか教えられた仕事ができた。
杉本さんはおしゃべりで、聞きたいことも先に教えてくれたので、助かった。
ただ電話に出るのが好きではないが、あまりかかった来ないので、これも助かった。

その日はなんとか無事に終わった。


帰り路に本当に辞めさせられなかったのか、不安になった。
【あれは、私の妄想じゃないかなぁー、夢?!】
【明日行って、「辞めた人がなんで来るの?」って言われたらどうしよう……】
【やっぱり、小銭が足りなかったとか言われたらどうしよう……】
【でも、夢じゃないんだったら、えー、ウッソー!社長さんにあんなこと言ってもらうなんて、やっだー!どうしようー、えー、私なんかに……、信じられないー】

頭の中の独り言が、昼間の杉本さんのようにずっと止まらなかった。
知らぬ間に話したこともないが真似をしていた同級生の話し方のような、若い子の話口調のような独り言になっていた。

その独り言は頭の中では治らず、気づくと実際に口に出しながら自転車を漕いでいた。
焦って周りをキョロキョロと確認したが、誰もいなかったので、これまた助かった。

つづく


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