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鳥取発の世界標準 心理療法を中心とした「困っている子どもたちが希望の光になる社会」づくり

私たちを取り巻く社会課題の解決に向けて取り組む方々に、直接お話をお聞きするPublic Mindのインタビュー。今回は、鳥取県倉吉市にある虹の森クリニック・こころのデイケア虹の森院長の坂野真理さんにお話をお聞きしました。

お薬に頼らない心理療法を中心とした児童精神科医療に取り組む坂野さんの原点から問題意識、その解決につながるアイデア。ぜひお読みください。

虹の森クリニック院長 坂野真理さんのご紹介

日本医科大学医学部を卒業後、東京大学医学部附属病院小児科に入局され新生児科、小児科にて研修を積まれました。その後、公益財団法人松下政経塾に第26期生として入塾し、自修に取り組む過程で、米国の無保険者が訪れる診療所で自殺を願う子どもたちと出会うという経験をされます。
卒塾後は鳥取県にある医療福祉センター倉吉病院の精神科にて児童思春期外来を担当し、児童精神科分野を中心に診療されました。2010年参議院議員選挙に出馬するも惜敗された後、2015年に東京大学医学部附属病院こころの発達診療部を経て、2016年には英国キングスカレッジロンドンの精神医学・心理学・神経科学研究所(IoPPN)に留学し、修士号を取得されます。2018年5月、鳥取県倉吉市に児童精神科医療を提供する「虹の森クリニック」、心理療法や療育を提供する「こころのデイケア虹の森」を開院されました。

虹の森坂野さん

坂野さんの原点

――2年前(2018年)に虹の森クリニック・こころのデイケア虹の森を開業されましたね。

医師になった後に松下政経塾に入塾したのですが、ここでは自ら問題を提起して自分で答えを探す自修自得を求められます。自修で築いたのが「もっとも希望から遠いところにいる人が希望の光となれる社会を作る」という志でした。中でも「社会で最も希望から遠いところにいる子ども達」のために働こうと、児童精神科分野の医療に携わってきました。自分の理想とする医療を実現しようと開業したのが「虹の森クリニック」・「こころのデイケア虹の森」です。

――希望から遠いところにいる子ども達とはどういう子ども達ですか。

どんな子どもも悩みとか不安とか、いろいろなことを抱えて生きています。いろんなことを抱え、揺れ動きながらも普段通り学校に通って生活できる子どもがいる一方、こころに関する症状のある子どももいます。私たちが診ているケースでも、自殺願望があったり自傷している子、学校で暴れて人を傷つけてしまうような子から、友達が一人もいなくて一人ぼっちとか、いろんな子どもがいます。こうした「本当に困っている子どもたち」に対して、きちんとケアがなされていないのではないか、という問題意識を持っていました。

――きちんとケアがなされていない、ですか?

背景には「ひとり親世帯が多い」とか貧困など様々な社会課題があり、「子ども食堂」をはじめとした経済的なケアについては少しずつ進んできた印象を受けます。しかし心理的なケアについて日本は遅れています。そこに私たちが関わることで、本当に困っている子どもたちに何かできたらと考えました。

坂野さん写真

(写真:ZOOM取材時の坂野さん)

お薬中心の日本の医療

――どのあたりが遅れているのでしょうか?

子どもに限らず大人もそうですが、日本の精神医療は投薬が中心で、それ以外の部分が少ない点に問題意識を持っています。一般的にお薬は早く効きます。早く効果が出ますが、精神科で処方される薬の多くは「根本的に治す」という類のものではありません。そのため「一度飲み始めるとずっと飲み続けないといけない」、「止めた途端に元に戻ってしまう」というケースも多くあります。効果は出るけど「生涯にわたって薬を飲み続けないといけないのか」という問題に直面するのです。

――薬に頼らないやり方があるのですか?

私たちは支持的カウンセリング、認知行動療法、メンタライゼーション療法をはじめとした心理療法を中心に提供するようにしています。心理療法は手間暇がかかりますし、投薬に比べたら時間も長くかかりますが、「薬を飲み続けなければならない」という問題を避けることができます。長期的に子どもたちの10年先を見据えて取り組むようにしています。もう一つ、子どものこころの分野を「発達障がいに特化して見ること」にも問題意識を持っています。

「発達障がい」と診断すればよいのか

――たしかに発達障がいという言葉は、最近よく耳にします。

発達障がいには様々なタイプや障がいの種類があり、いわば「性格」みたいな部分があるにも関わらず、何か問題があると「発達障がい」と診断をつけることが多いように思います。子どものこころの問題には様々な要因がありますが、今の医療は「まず発達障がいを見つけよう」となっている印象を受けます。発達障がいはどちらかというと「脳機能からアプローチ」ですが、私は「メンタルから考える」ことも大事だと考えます。不安、気持ちの落ち込み、いらいら。感じている気持ちに寄り添い、本人に対して心理療法を提供するだけでなく、家族や通っている学校とも連携しながら治療を提供することが大切だと考えています。

倉吉発の世界標準、心理療法を中心とした児童精神科医療

――どのような医療を提供しているのか教えてください。

児童精神科の「虹の森クリニック」で心理検査、診断、必要なお薬の処方を行います。放課後等デイサービスの「こころのデイケア虹の森」では認知行動療法、EMDR、メンタライゼーション療法、ソーシャルスキルトレーニング、ペアレンティングプログラムなどそれぞれの子どもに合わせた心理療法を行っています。クリニックは医師である私が、デイケアは臨床心理士などのスタッフが担当しています。

――クリニックにデイサービス(福祉施設)を併設しているのですね。

はい。心理療法には医療保険から医療機関に支払われる診療報酬がほとんどありません。医療で提供しようとすると保険診療ではなく全額自己負担の自由診療にせざるを得ず、1時間1万円程度の利用者負担を頂かなければ経営が成り立ちません。これを児童福祉施設である放課後等デイサービスで提供することで、利用者の世帯収入やサービス内容によりますが費用を1時間1000円程度に抑えることができます。

―― 一軒家で診療を行っているとお聞きしました。

古い一軒家の一部屋がクリニックで、他の部屋で放課後等デイサービスを行っています。
私たちのところに通う子どもたちには「学校に行けない」、「同世代の視線をいつも避けている」、「人のいる場所に出られない」など繊細な子が多くいます。病院に行くこと自体、ものすごくハードルが高いのです。そんな繊細な子どもたちが不安なく、警戒なく、そして遊びに来る感じで来てほしいと考え、あえて「普通のおうち」にしました。またクリニックやデイサービスに通うことは、今は通えていない学校に足を向ける最初のステップにもなるので、少しでもその障壁を取り除きたいという思いもあります。

虹の森3

(写真:こころのデイケア虹の森)

世界標準が進まない理由とは?

――日本で心理療法を中心とした児童精神科医療が進まない理由は何でしょうか。

そもそも、この分野をやっている医師が少ないんです。私は「子どものこころ専門医」という資格を持っていますが、この資格もできて間もなくて500人程度しかいません。精神科の医師が約14,000人いる中で、児童精神分野をやっていて資格を持っている医師の割合は本当に少ない、発展途上の分野といえます。

――そんな中で坂野さんは積極的に情報発信をされていますね。

国内では児童精神の分野で医師のきちんとしたカリキュラムを持っているところ、勉強できるところが多くないので、私はイギリスまで行って勉強してきました。日本ではこの分野がどうしても遅れていて情報がアップデートされていません。常にいろんな視点を入れていく必要があると思いますので、4年前にイギリスで学んだ情報だけでなく、常に最新の情報をアップデートしながら情報発信をするように心がけています。

倉吉モデルを確立して各地に展開へ

――坂野さんが情報発信する対象は教師やご両親など幅広いですね。

はい、教師の方にも情報発信をしています。例えば学校の現場でこころの問題を抱えている子どもがなかなかピックアップされない課題があります。そこで、私たちの知識を学校現場に提供してスクリーニングシステムを確立できれば、少しでも早くピックアップできるようになると考えています。
実はこの地域(鳥取県倉吉市)はいろんな関係機関が近いんです。学校も役場もすぐそばにあって「ちょっと会議しよう」となれば関係者がすぐ集まれる距離にあり、みんな顔見知りの関係ができています。この連携を生かせば、できることがもっともっと増えるのではないかと考えています。

――まさに倉吉モデルですね。

はい。このクリニックでやっている取り組みを色々な形で情報発信していきたいです。今のところ日本では「子どものこころ」に関するしくみは整っていません。学校などの教育機関、自治体などの関連機関と密接した連携がとれている倉吉の取り組みを発信することで、類似したモデルケースを日本中に作っていきたいと思っています。

目指すのは、子どもたち一人一人の「卒業」

――こうした医療を通じて目指していることを教えてください。

状態が良くなって、治療を終了することを私たちは「卒業」といっています。私たちは通っている子どもたち一人ひとりが「卒業」することを目指しています。ただし、精神科の治療期間は長いので、付き合う時間は年単位になります。関わるスタッフは治療過程の子どもたちに起こるいろんな波に寄り添い続けることになります。卒業の時には私たちスタッフも「一緒に乗り越えることができたね」と感慨深くなります。まだ開設して2年なので、これからもっともっと「卒業」を増やしていきたいです。

虹の森5

(写真:こころのデイケア虹の森)

取材後記

土曜の診療後、貴重な時間をいただいてオンラインで取材をさせていただきました。子どものこころ分野に関する世界標準の取り組みが鳥取県倉吉で行われていることに、とても感銘を受けました。薬に頼らない心理療法を中心とした医療の普及。私たちも応援したいと考えています。

虹の森インタビュー全員

(写真:ZOOM取材時の様子)

一緒に応援しませんか?

子どもたちが「遊びに来る感覚」で来れるように「普通のおうち」にある虹の森クリニック・こころのデイケア虹の森。様々な心理療法で使える、いろんな「遊び」を用意しており、小さな子どもから高校生まで幅広い子どもたちの年齢に合わせたおもちゃを随時仕入れているそうです。しかし最近のおもちゃは高価なものも多く、その仕入れ費用の工面にご苦労されているとのこと。

虹の森のおもちゃ

そこで私たちも応援の気持ちを表したく、寄付をさせていただきました。坂野さんからは、こんな言葉をいただいています。

虹の森クリニック/こころのデイケア虹の森は、私たちの仕事を支援していただける方からの寄付金を受け付けております。寄付金は、療育・セラピーに使用する子どもたちへのおもちゃの購入費用などに充てさせていただきます。

よかったらこちらの寄付金受付もご覧になってみてください。

寄付先受付

https://www.nijinomori-dr.com/blank-2

取材:Public Mind(岩崎、宇川、小出、佐藤、高原、山路)
構成:小出




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