【#56】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#56
夕方、太陽が西の空に傾き始めたころ、突然、非常事態を知らせるアラームが鳴り響いた。
「小型シップが大気圏に突入しています。まもなく海上エリア452Aに着水します」
探知AIの声がシップに響き渡った。
シーはすぐさま状況を確認すると、「政府機ね、ずいぶん小型の片道仕様だわ。近くまで行ってアプローチしましょう」と言った。
海上エリア452Aに着くと、そこには既に着水している機体があった。それは僕が乗ってきたものと同じ型だった。
シーが内部と交信すると、すぐさま大きな声で「何てこと!」と言った。
「シー、どうしたんだ!」
「ええ、ノボー、中と繋ぐわ」
「こんにちは、お2人さん。私も混ぜてもらうわよ」
それはアンジョーの声だった。
「アンジョー、どうして?」
「もう! とりあえずここから出してよ。気が利かないわねぇ」
1人で出ることのできなかったアンジョーを引っ張り出した後、アンジョーは「早くシップに乗せてよ」とそれだけ言って黙ってしまった。その顔も態度も、とても怒っていることを表していた。
シーは僕を見て頷き、「とりあえずシップに戻りましょう」と言った。
シップに戻り3人でテーブルについたが、アンジョーは相変わらず無言のままだった。
「アンジョー美味しい紅茶があるから飲まない?」
シーのその言葉に、アンジョーは無言のまま頷いた。シーはそれを確認すると、「じゃあちょっと待っててね」と言ってキッチンの方に紅茶を入れに行った。
アンジョーはいつまでたっても口を開かなかった。どうせ何を言っても怒鳴るだけなんだろうけど。いつまで待ってもどうにもならなそうだった。
「アンジョー、僕には状況が全く分からないんだけど、一体どういうことか説明してくれないかな?」
「どうって言われても、もう来てしまったんだからしょうがないじゃない! 自分たちだけで地球を独占するなんてずるいわよ。それより、ノボー、あなたこそどういうつもりよ? 嘘ばっかりついて……」
その声は、初めこそは怒りのものだったが、あっという間に涙声に変わっていった。
そして、言葉が終わるころには、アンジョーは我慢できなくなっのたか、シーのもとまで走って行って、そのままシーに抱きついた。
「シー、会いたかった! ノボーが嘘ばっかりつくから、私ずっとあなたがもう止まってしまったって思い込んでいたから……」
アンジョーは、シーに抱きついたまま泣いていた。
「いや、来るって知っていたら僕も教えたけど」
「うるさいわね、言ったらどうせ2人だけの時間を邪魔させないために、何か工作をしていたはずよ!
全く、ずいぶん長い間、騙されたわ。ほんとバカみたい!」
フォローの言葉をかけてみたけど、結局僕に対しては怒っているみたいだった。
シーはアンジョーを抱きしめながら、僕に目で合図を出した。それから「アンジョー、ねえ、このシップ来るの初めてでしょう。案内するわ」と言ってアンジョーを部屋から連れ出した。
アンジョーは僕に随分腹を立てていたんだろう。
なにか甘いものでも準備したら機嫌も直るのかもしれない。それともワインだろうか?
僕自身は久しぶりにアンジョーに会えたことは素直に嬉しかった。もう今生の再会はないと思っていた。
奇跡のような再会を、最高の食事で彩りたいと思った。僕は急いで料理に取り掛かることにした。
食卓の準備が整った頃、アンジョーとシーが戻ってきた。
「わーすごーい!」とアンジョーが歓声を上げた。シーのおかげか、料理のおかげか、機嫌はちゃんと直っているようだった。さてここからは、アンジョーへの言葉を間違わないようにしないといけない。
「アンジョーのために、最高のワインを用意したんだ」
僕は晩餐のためのワインを、すでにテーブルの上にスタンバイしておいた。世界中のヴィンテージワインは、今すべて僕のものだった。
「わー、なんかすごそうなワイン!」
アンジョーにとっては、久しぶりのヴィンテージワインになるだろう。僕はとっておきのワインを手に取った。
「3211年。20年モノ、当たり年のグレートビンテージの赤だよ」
「えー白がいい」
そうだった。アンジョーは白の方が好きだった。
僕は冷蔵保存をしている白ワイン置き場に行き、記念日に開けようと思っていた白ワインを探した。
それはゼン大統領が一番好きだと言っていたワインだ。僕はそれを見つけ出すと急いで部屋に戻った。
いったん息を整えてから、ゆっくりと丁寧にコルクを抜き、アンジョーの前のグラスに濃い黄金色の液体を注いだ。
「アンジョー一口、味見してみてよ」
アンジョーは一口飲んだ後、目を見開いて言った。
「おいしい……」
「ああ、わざわざ世界で一番古いとされるシャトーに行って、探してきたんだよ。特別な日のために」
「えー、すごーい。サイコー!」とアンジョーはとびっきりの笑顔を見せた。これでアンジョーの機嫌もちゃんと取れただろう。
「それでは3人で、再会記念のパーティーを始めますか! アンジョーもシーも準備はいい?」
2人は同時に頷いた。僕はグラスを高く掲げた。
食事が始まってしばらくすると、アンジョーはこれまで数ヶ月間、2人で何をしていたのかと聞いてきた。
僕たちは最初の3ヵ月ぐらいは食料工場に近いエリアにシップを停泊させ。基本的な生活基盤の確保をしていた。
既にエネルギーや工場は、シーがアクセスしていた。同時に僕のために、備蓄されていた長期保管食材の確認もしてくれていた。残されたAIやロボットは僕が来てから修復・稼働させた。僕たちが生活していくのに問題がない状況が整うまで、3ヶ月とかからなかった。
食糧確保のため、大統領から一通りの保存遺伝子を貰ってきていたので、植物工場の方から順次収穫を始めていた。生物工場は収穫まではもう少しかかりそうだったが、食物はいざとなれば自然エリアでも採取が可能だった。
生活の基盤が整ってからの残り1ヶ月は遺跡巡りと都市部・工場部に残されたモノ(僕はもっぱらワイン)を調べ、調達しながら世界を回った。
話の途中途中で、シーが面白おかしくその時の状況を事細かに説明した。3人で楽しく笑い合いながら話すのは、あの頃と何も変わっていなかった。「一昨日、最後の遺跡を回ったところだ」と僕が言ったところで、ひとしきり説明が終わった。
話がひと段落したので、僕はパスタソースの準備を始めることにした。
「アンジョー、リクエストは?」
「フレッシュトマトなら何でもいい」
「それなら、フレッシュトマトとスイートバジルでどうだい?」
「サイコー!」
僕はパスタソースを作りながら、ワインを飲んだ。
アンジョーとシーも楽しく酔っているようだ。
「ところでアンジョー?」
「なに、ノボー」
「どうやって地球に、来ることができたんだ?」
「ああ、お父さんが……」
「お父さん?」
「間違えた、大統領が一週間前に『よし、アンジョー準備は出来ている、いつでも出発してくれ』って言ってきたの。私も何のことかわからなかったけど、『地球に行って来い、後は何とかしておく』って」
アンジョーはワインを一口飲んでから、「私もよくわかんなくって、どういうことって何度も聞いたら、今度は怒って『いいから行ってこい、大統領命令だ!』て怒鳴るのよ」と言った。
「なるほど、あの人さみしいとすぐ不機嫌になるのよね」とシーが相槌のようにそう言った。
「それで、私は、ノボーなんかと2人っきりになるのか……て不満だったけど、大統領命令ではしょうがないと思って覚悟を決めてきたのよ。シーがいて本当によかったわ」
「なるほど、この人はずいぶんと嘘をつくのがうまくなりました」とシーが再び相槌を打った。
どうやら……シーは既にずいぶんと酔っているようだった。
「ところでアンジョー、実はすごい報告があるんだ!」
#57👇
7月17日17:00投稿
【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
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