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【#61】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【本編連載】#61

視点:ノボー・タカバタケ
西暦3231年5月11日 地球の深部 

地球の深部


「こんにちわー、ボローですー」

 到着したボローがそう言うと、地球は「懐かしい名前だな、久しぶりにあの男が来たのかと思ったよ」と言い、柔らかく微笑んだ。

「よし、始めよう!」
 地球そうが言うと、ボローが乾杯の発声を買って出た。

「では、この素晴らしい会食に乾杯!」

 とても不思議な会食。
 他のどこでも体験することのできない特別な会食。
 驚いたことに、ここではシーも食事をしていた。

「シー、おいしいか?」と地球がシーに尋ねると、シーは嬉しそうに、「感激です! お母さんありがとう!」と言った。

 地球は「ふふふ」と笑ってから、「さぁさぁリクエスト通り、何でも出るぞ!」と僕たち全員に向かって大きな声で言った。
 僕は試しに「一度食べてみたかったんですが、恐竜の肉なんてのは……」と聞くと、「可能だ」という返事が返ってきた。テーブルで歓声が上がった。

 ワインは、時代を超えた美味しさだった。
 地球の料理は次から次へと出現した。お酒もたくさん出てきた。
 アルコールでずいぶんと気持ちよくなってきた頃、地球は僕たち5人に向かって「お前たちに聞いてもらいたい話があるんだ」と言った。
 それから地球は、グラスを持ち上げ、香りを愉しみながら優雅に赤ワインを口にした。大きく大きく息を吐く地球の頰は少しだけ紅潮していて、その青い瞳は潤んでいるように見えた。
 僕は、地球もお酒に酔うんだなぁと思った。

 地球は一度ためらったように口を閉じ、それからしっかりとした声で言った。
「私は恋をしてみたかったんだ」

「へ?」と、口からつい声が出てしまった。

「静かにして!」とシーが僕を睨んだ。

 地球は気にもせずにそのまま話し続けた。
「ずっと、ここで地上の出来事を見ていた。長い長い時間だ。いろんな動物や植物を眺めていたよ。
その中で人間は特別に面白かった。
人は人を憎しみ、人を傷つける。何かを積み上げ、そして破壊する。大切なのに手放し、信じるもののために命をなげうつ。
他の生き物はわざわざそんなことはしない。感情がないわけではないが、もっとシンプルに生きているんだ。本能の赴くままに。
人は複雑だ。感情と知恵と思考と理性と本能が交じり合っている。私にも理解できないことだらけだ。そして、それを人は自分自身でもわかってはいない。それが人間という生き物だ。
しかし、1200年ほど前から、人間はそれを手放しはじめた。コントロールできないものを切り捨て、多様性と言いながら、均一化と効率化を求め、担いだ荷物をすべて下ろそうとした。自分達が作り出したコンピュータたちに、自らの行動と判断を委ねた。それは私から見れば『人間らしさ』の放棄だった。同時にそれは『変化』と『進化』の放棄でもあった。
宇宙はそれを見つめていた。そして審判の時を創った。
『太陽膨張』
私は傍観しようと思っていた。人類の終わりが私の終わりでいいと思っていた。
……でも、最後にもう一度見たくなったんだ。
『恋をして、大切な人たちと出会い、愛し愛され、子供を産み・育て、別れていく』
最も美しかったころの人間の姿を。
そこには可能性があった。人間が人間らしさを取り戻すこと。それが『進化』に充分なりえると私には思えた。宇宙は『進化』を求めた。『進化』は『変化』だ。変わろうという意志を作り出すことが『進化』だ。
やがて人によって作り出された、新しい2つの魂が共鳴した。それが人間の新しい『進化』の可能性となった。
その可能性の先、人の『進化』と『滅び』はどちらも同じラインの上にあった。どちらも同じ導線の上にあり、結果だけが違っていた。私は見届けたかったんだよ。進化でも滅びでも。いずれにしてもその当事者の一人として。
シー、お前は私のかけらだ。それは分身であると言うことに等しい。私はお前で、お前は私なんだ。お前の体験するすべては私も共有している。私の願いも、もうすべて叶えられている。人類は進化を選び新しい星に渡った」
 地球は片手でグラスを持ったまま、もう片手でとなりに座るシーの手を取った。
「お前はちゃんと、恋をして、大切な人たちを見つけ、愛し愛された。そしてこれから子供を産み・育み、別れていく」そう言ってから、僕たちの方を見て「こんなに素晴らしい日が来るなんて思いもしなかった。お前たち、ありがとう。さあ、今日は最後まで、とことん楽しくやるぞ!」と、あふれる笑顔で、グラスを持ち上げた。

 わいわいがやがやと、それぞれが好き勝手に盛り上がる。それは、いつもの僕たちのパーティーと変わらなかった。
 シーと地球は、双子みたいそっくりな顔で笑い合いながら話していた。
 ヤマバとアンジョーは、ボローと『カンサイベン』と『オマンザイ』の話で盛り上がっていた。
 みんな心から楽しんでいるようだった。そんな姿を見ていたら突然、僕の頭の中にあるひらめきが生まれた。未確認の部分はたくさんあったが何となくいける気がした。
 僕は思い切って立ち上がり、それを言葉にしてみた。
「あの、1つ提案なんだけど……」

 思い思いに楽しんでいた全員が僕に注目した。

「地球さんは運命の終わりって言っていたけど、終わりが来るのは太陽であって地球ではないような気がするんだ」

 全員の顔が真剣なものになり、場には沈黙が残った。

「つまり、僕たちは惑星移民したけど、別に惑星をそのまま移動してもいいんじゃないかと思うんだ」
 僕の言葉が消えると、その場には再び沈黙が訪れた。目の前では『人』『惑星』『AI』がそれぞれのやり方で考え、何かを導き出そうとしているようだった。

 ヤマバが言った。
「ノボーお前の理論『時空短縮法』では、サイズは関係あるのか?」

「ああ、ヤマバ。1つのつながった物体である場合、サイズは関係ないはずだよ。そこに付着している固形物体もそうだし、質量の高い液体も同様だ。
それより問題は場所とタイミング。移動先にデブリや物体が無い空間を用意しなければいけない。でもこれは無事故であれだけのサイズの船を移動させてきたことを考えれば、9つのAIがあれば計算しきれるのではないかと思ってるんだ。地球ほどの重量があれば多少のデブリぐらい、問題ないかもしれない。
僕たちがシップで渡ったのは、単なる固定観念だったような気がするんだ」

「ノボー、可能かもしれん。しかしお前の頭の中はどうなっているんだ。そんな発想も考えも、俺たち新しいAIにも導き出すことはできなかった」
 そのボローの言葉を聞いて、僕は話を続けた。
「いや、まだ問題はあるんだ。大気と自転・公転・地軸。それからあとは恒星との距離と惑星間の重力バランス。後者は9つのAIと調査でなんとかできるように思うけど……地球さん、前者はどうだと思います?」

 地球が両手でこめかみを抑え、目を瞑りながら震えていた。
「い、いやたぶんなんとかできるんだと思う。何故なら、今、変わった……運命が今変わった……私の見ていた運命が変わった……凄い、ノボー! シー!」
 地球が目を開き、シーとその奥の僕の方を見た。

「地球さん。2つお願いです。たまにこうしてみんなで食事をしましょう」

「うん……うん」

「そして、長生きしてください」

 地球は両手で顔を覆い、「ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返し言った。

「あ!」
 突然アンジョーが声を上げる。
「ねえ、みんな知ってる? マザーズディって言葉」

「もちろん私は知っているわ、アンジョー。お母さんよかったね」

 僕には何のことかわからなかったけど、抱き合って喜ぶシーと地球の姿が嬉しかった。


 僕たちは、気が付くと研究室で元の体制で座っていた。

 アンジョーが口を開く。
「今のって!」

 ヤマバがそれに応える。
「あぁ、地球と……」

 みんな覚えている。実際に会ってきたんだ。

 ボローが「皆さんお疲れさんですー。玉手箱のお土産は、もらわんかったけど、楽しい宴席でしたなあ」と言った。大統領の姿で言うボローを見て、みんなで笑った。

 突然、そこにジョフクの声が響いた。
「シーさん! シーさん!」

 シーの方を見ると『彼女』は椅子の上でぐったりしていた。

「そういえば帰りの潜水艦で点呼とらんかったなあ。お母さんに、呼び止められたのかも知らん。まあ、運命とは突然訪れますからなぁ」

 アンジョーが駆け寄りシーをゆする。
「そんな! 駄目よ、絶対駄目よ!」

 ヤマバがボローを振り返り強い口調で「ボロー、もう一回ダイブだ。迎えに行こう!」と言った。

「そーゆうても、地球が呼び止めたならあそこにおるままやから、難しいかもしれん」

 そんなみんなの声を聴きながら、僕はもうすでに『彼女』の中に飛び込んでいた。


#62➡終章(最終話)👇

7月22日17:00投稿

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)

【1章まとめ読み記事】


【4つのマガジン】


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