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【シロクマ文芸部】お題《食べる夜》短編『やけ食い同好会』

『やけ食い同好会』著:PJ 1300文字 

「食べる夜に飲むお酒は何?」と彼女は不機嫌そうに言った。
「ビール」
「やだ、ワインがいい」

 もう19:00になるのにまだ太陽は沈んでいなかった。7月の夕暮れ時、僕たち『やけ食い同好会』は地元一番の繁華街で店を物色していた。
 同好会と言っても二人だけ。しかもさっき発足したばかりだった。
 地元中小の映像制作に入社した僕の同期は彼女だけで、二人とも営業部配属だった。

 ワインがいいと言った彼女は、勝手に近くのワイン酒屋のようなところに入って行った。
「満席だって。もー最悪」と彼女は戻ってくるなり、再び文句を言った。

 うちの会社は営業・制作・事務合わせて30人程度の会社。当然教育機関なんてあるわけがない。僕たちはそれぞれ別の先輩に付いて現場研修として同行営業をしていた。
 その日、僕は発注数を間違い、彼女は大口取引先の担当者を怒らせてしまった。タイミングこそは違ったが、それぞれが事務所内で叱られていることはわかっていた。
 まわりの先輩方も気づいているようだったが、誰ひとり声をかけてくれなかった。新人に冷たい会社を長く続けられるか、僕は不安になった。
 僕は禁煙の社内で、唯一たばこを吸える場所を見つけていた。1階に営業部、2階に総務経理と制作部を置くうちの会社。このビルの4階、5階はテナントが抜けていた。5階から上がる屋上には、誰も出入りしていないようだった。
 僕はむしゃくしゃを抑えられず、エレベーターで5階まで行き、屋上を目指した。
 屋上の扉を開けるとそこにはぶつぶつ文句を言っている一人の女がいた。
 それは同期の彼女であり、独り言の内容は、先輩に対する罵詈雑言だった。
 僕たちは入社時に挨拶した程度。
 面倒ごとは苦手だ。
 僕は気づかれる前に立ち去ろうとした。その時「テンテレテンテレテンテレテン」と僕のスマホがなり、彼女が振り返った。
 最悪のタイミングでかかってきたのは昔からの友人だった。僕は慌てて電話を切った。
「いつからいたの」
「え? えっと? 今来たところ」
「聞いたんでしょう?」
「え?」
「私が先輩の悪口を言っているの」
「え、いや、全然聴いていないよ」
「嘘ね。吉岡君、わかりやすすぎ」

 そのやり取りの中で、何故そうなったのかわからないが、二人だけの『やけ食い同好会』が発足していた。
 初回は彼女が口止めとしておごってくれることになった。

「じゃあ間を取ってスパークリングワインはどうだろう?」
 僕のその提案に、「まあ、一杯目にはちょうどいいわね」と彼女は答えた。
 今日は『やけ食い』になるのか『やけ酒』になるのかどっちなんだろう?
「よし、今日は思いっきり私の愚痴を聞いてもらうからね」
「えっと、ごめん。本当に申し訳ないんだけど……」
「何? 別に遠慮しなくていいわよ」
「イヤそうじゃなくって……名前、なんていうんだっけ?」
「はーーー? 吉岡! お前ちょっと最悪だな」
「くちワルッ」
「あー最悪。今日はとことん飲むわよ!」
 そう言って彼女は僕の袖口を掴むと、ぐいぐいと近くの大衆イタリアンに僕を引きずり込んだ。
 まあいいや、僕も好きなだけ食べて、好きなだけ飲んで、好きなだけ愚痴を言おう。

 《食べる夜に飲むお酒、話すことは会社の文句》

《了》

シロクマ文芸部初参加です。
宜しくお願いいたしますm(__)m


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創作大賞2023に出品しました。
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 僕の名前は、高畠のぶお
 彼女の名前は、安藤スナー
 二〇一二年。小学六年生の夏に僕と彼女が体験した、とても不思議な『命』と『遠い約束』と『別れ』の物語。

小説『世界の約束』より




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