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師匠

「輝け。まばゆく、焼け付くように輝け。」
師匠はあるときこんなことを言った。
それは2月10日の午前3:50で、ボロ着をまとった師匠は高架下に敷かれたダンボールの上で寒さに震えていたのだった。
妙なことを言う師匠もいるもんだ。と、見て見ぬふりをした。
3時間経った。山の稜線が白色(はくしょく)に染まった。
師匠は6000度の熱線に照らされてまばゆく輝いたかと思えば、後には焦げ付いたダンボールが残った。
「君の瞳は、深淵の下の下にある色をしているね」
7月24日の午後0:17に、パンチパーマの師匠は、歩行者信号が青になる瞬間に僕の目を見て呟いた。
人々は歩き出し、6000度の熱線はどうやら空の色を碧色(へきしょく)に変えているらしかった。
午後3時から降り出した雨はマンホールに染み込んで、途端に溶けだした師匠は雨水と一緒に昏い昏い下水道の中に消えた。
師匠は犬が好きだとよく言った。師匠はグレートピレニーズを1匹飼っていた。シモンズという名前だった。でも、師匠は居酒屋でひとしき酔った後、街角の汚い猫を抱いて愛おしそうに撫でたりもするのだった。
師匠の優柔不断さは、しばしば僕をイラつかせたし、大層な事を言う割にはその場その時で矛盾したことを言っているのも事実だった。
でも僕が師匠から受けた影響というのは甚大なものだったし、ボロ着の師匠の足の裏も、師匠のパンチパーマについた糸くずも忘れられない僕のものになったんだと思っている。
一つ一つの記憶を、美しい景色として保存したい。僕の趣味なんだと思う。

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