理学療法ケーススタディ:被殻出血(ブルンストローム右上肢下肢Ⅱ)
1. 患者情報
- 年齢、性別:65歳、男性
- 診断名:左被殻出血(右片麻痺)
- 手術:保存的治療(血腫量が少なく、手術適応外)
2. 現病歴
発症前日の夕方から頭痛を自覚。翌朝、起床時に右半身の脱力感と言語障害を認め、救急搬送。頭部CTにて左被殻出血と診断され、急性期病院に入院。発症後3週間の急性期治療を経て、回復期リハビリテーション病棟へ転院。
3. 既往歴
高血圧(10年前から内服加療中)、2型糖尿病(5年前から内服加療中)
4. 社会背景
妻と二人暮らし。元会社員(定年退職後)。趣味は園芸と読書。自宅は2階建て一軒家。
5. 理学療法評価(回復期病棟転院後7日目)
- 疼痛評価:安静時・動作時ともにNRS 0/10
- ブルンストロームステージ(右):
上肢Ⅱ:随意的な上肢の動きはないが、肩甲帯の動きあり
手指Ⅱ:随意的な手指の動きはないが、わずかな屈曲あり
下肢Ⅱ:随意的な下肢の動きはないが、股関節と膝関節に連合反応あり
- 関節可動域検査(右/左):
肩関節屈曲90°/180°、外転80°/180°
肘関節屈曲135°/145°、伸展0°/0°
股関節屈曲100°/120°、伸展0°/10°
膝関節屈曲120°/135°、伸展-5°/0°
足関節背屈5°/15°、底屈40°/45°
- 徒手筋力検査(右/左):
上肢近位筋1/5、上肢遠位筋1/5
体幹筋2/5
下肢近位筋2/5、下肢遠位筋1/5
- 深部腱反射:右上下肢で亢進
- 筋緊張:右上下肢で軽度痙性(Modified Ashworth Scale:1+)
- 感覚:表在感覚・深部感覚ともに右上下肢で中等度鈍麻
- 高次脳機能:軽度注意障害、軽度右半側空間無視
- バランス評価:座位保持可能(支持あり)、立位困難
- 歩行能力:歩行不可
- FIM:運動項目18/91点、認知項目25/35点、合計43/126点
- 詳細な動作分析:
起居動作(最大介助):
• 寝返り:体幹の右回旋が困難で、左上肢での引き込み動作に頼る傾向あり
• 起き上がり:右上肢の支持が不可能で、体幹の屈曲と回旋が不十分。左上肢と介助者の力に依存
座位(支持あり):
• 体幹の右側への傾斜あり
• 右上肢の支持なし
• 座位保持時間は介助下で5分程度
移乗動作(最大介助):
• 起立:右下肢での支持が不可能で、左下肢に全体重をかける
• 方向転換:右足部のクリアランス不足により、すりつぶし様の動きとなる
• 着座:体幹コントロール不良で、勢いをつけての着座となりやすい
起立動作(最大介助):
• 前傾姿勢の形成が不十分
• 右下肢での荷重が困難で、左下肢に過度な負担がかかる
• 殿部離床後、体幹の伸展が不十分で前傾位のまま
立位(介助下):
• 右下肢の膝折れあり
• 右足部の接地不十分(前足部のみでの接地)
• 体幹の右側への傾斜顕著
歩行(最大介助):
• 歩行器等の使用でも自立歩行は不可能
• 右遊脚期:股関節と膝関節の屈曲不十分でクリアランス低下
• 右立脚期:膝折れあり、右足部の接地不良(前足部接地)
• 体幹の右側への傾斜が著明で、バランスの崩れやすさあり
6. 問題点
インペアメントレベル:
- 右片麻痺(ブルンストロームステージ上下肢Ⅱ)
- 右上下肢の筋力低下
- 右上下肢の関節可動域制限
- 右上下肢の感覚障害
- 右上下肢の痙性
- 体幹機能低下
- 注意障害、右半側空間無視
ディスアビリティレベル:
- 基本動作能力の低下(座位、立位、移乗、歩行)
- ADL全般の介助レベル
ハンディキャップレベル:
- 社会参加の制限(趣味活動の中断)
- 家庭内役割の喪失
7. 目標設定
長期目標(8週後):
- 監視下での歩行器歩行が可能となる(50m程度)
- ADLの一部自立(食事、整容など)
短期目標(4週後):
- 座位保持の安定(支持なし15分)
- 立位保持が可能(支持あり1分)
- 移乗動作の介助量軽減(中等度介助→軽介助)
8. 理学療法プログラム
- 関節可動域練習(右上下肢のROM改善)
- 筋力増強練習(左上下肢、体幹)
- 麻痺側随意性促通練習(ブルンストロームアプローチ)
- 体幹機能練習(座位・立位バランス)
- 基本動作練習(寝返り、起き上がり、座位、立位、移乗)
- 感覚刺激(右上下肢の感覚再教育)
- 高次脳機能へのアプローチ(注意トレーニング、視空間認知練習)
- 起居動作練習:体幹回旋の促通、左上肢の効果的な使用方法の指導
- 座位バランス練習:体幹の右側への傾斜改善、座位保持時間の延長
- 移乗動作練習:安全な重心移動の方法、右下肢の支持性向上
- 起立・着座練習:前傾姿勢の獲得、体幹伸展の促通
- 立位バランス練習:右下肢の荷重促通、足部接地の改善
- 歩行準備練習:右下肢のステップ動作、クリアランス改善
9. 経過
2週目:
- 座位保持時間が延長(支持あり15分→支持なし5分)
- 右上肢の随意性わずかに改善(ブルンストロームⅡ→Ⅲ)
4週目:
- 立位保持可能(支持あり1分)
- 移乗動作が軽介助レベルに改善
- 右下肢の随意性改善(ブルンストロームⅡ→Ⅲ)
6週目:
- 平行棒内歩行練習開始(中等度介助)
- ADLの一部で介助量軽減(食事動作など)
8週目:
- 歩行器歩行30m可能(軽介助)
- FIM:運動項目40/91点、認知項目30/35点、合計70/126点
10. 考察
本症例は左被殻出血による重度の右片麻痺を呈していたが、8週間の集中的なリハビリテーションにより、機能回復と ADL 改善が認められた。
被殻出血後の運動機能回復について、Masiero ら(2007)は発症後3ヶ月以内の集中的なリハビリテーションが機能回復に重要であると報告している。本症例でも早期からの介入により、上下肢機能や基本動作能力の改善が得られたと考えられる。
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