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自立か孤立か 第1章 “なにくそ、頑張らないと”

あらすじ
 昔ながらの平家に一人暮らしのお爺さん、Dさん。高齢で脳梗塞を発症して、麻痺こそほとんど無いもののフラフラ歩く。なのに杖も押し車も使わない。「足が悪いからリハビリするんや!」の一点張り。
 そんなDさんがある出来事を境にリハビリに来なくなった。そこから、Dさんの生活が一変する…

私「なかなか戻ってこないな…」

私はリハビリ室のデスクに座って人を待っていた。

その日リハビリを担当するDさんだ。
Dさんは、ホットパックという身体を温める治療をしてる最中に「トイレに行く」と言って出て行ったらしいが、なかなか戻ってこない。

私は受付スタッフに聞いた。

私「あの人出て行ってどれぐらい経ちます?」

受付「たぶん20分ぐらいですかね」

私「うわ、結構経ってるなぁ。ちょっと見てきます!」

と、その時、外来の看護師さんがリハビリ室へ入ってきた。

看「Dさんて、ここの患者さん?」

私「そうです。え、何かありましたか⁉︎」

看「トイレからナースコール押されて。外来の詰所に届くようになってるんですけど、行ったら失敗したみたいで、着てた服全部汚れてました。一応オムツは当てて着替えの病衣は着せたんですけど」

私「あー、すいません。僕迎えに行きます。こっちに荷物もあるし。ケアマネさんにも連絡しますね。」

看「お願いできますか?何で来てはるの?」

私「歩いてです」

看「ちょっと無理やと思うわ。タクシーかなんか使わないと。」

私「わかりました。言っておきます」

トイレに迎えに行くと、ちょうどDさんがトボトボと出てきた。

私「大丈夫?」

ため息混じりにDさんが言う。
D「大丈夫じゃない。なかなか便が出えへんから色々薬飲んだんや。先生にも怒られるからな。そしたらコレや。やから薬には頼りたくないねん」

私「そうなんや。大変でしたね」

D「今日はリハビリせんと帰るわ」

私「そうしましょか。今ケアマネさんに連絡するから少し待てますか?」

D「いや、買い物行かんとアカンから」
え?

私「何の⁉︎」

D「食べ物。自分の餌は調達せんと餓死する」

私「家に何もないんですか?とりあえず、この格好やし、一旦は家に帰った方がいいですって」

Dさんは自分の服装を見た。
今から手術にでも行くような病衣に、手に持ったビニール袋には着て来た服が入っている。

D「わかった…」

とにかく、Dさんのケアマネジャーに連絡した。
Dさんがリハビリに通い始めた際に連絡は取っていたので話はスムーズだ。

私「あ、もしもし?お世話になってます。Dさんのことなんですが…」

ケア「どうしました⁉︎」

私「リハビリ中にトイレに間に合わなくて…今着替えてオムツと病衣なんですよ。下剤を飲み過ぎたみたいです。体調悪そうやし、今日はリハビリせず帰るんですが、本人が買い物して帰るって言ってまして」

ケア「私、そっち行きます!一緒にタクシー乗りましょか?もうすぐそこに行けるんで本人に待っててもらっていいですか?」

私「助かります!伝えときますね!」

Dさんに話の流れを説明した。

D「ありがたいけど、大袈裟やねん」

私「とりあえずここは甘えましょう?」

D「薬をな、来てくれてる看護師がええ言うたやつ。先生にもらってるのじゃ効けへんからそれも飲んだんや。それがアカンかった。僕は便が出やすくなるように野菜、食物繊維を摂るように気をつけてたりしてるんや…」

この時はトイレを失敗した、服を汚したというショックで自尊心が傷つきなんとも言えない気持ちになってたんだろうな、と思ってうんうんと頷くだけで話を聞いていた。

そこへケアマネジャーがやってきた。
(ホンマに早いな!)

ケア「大丈夫?」

D「大丈夫やない。もうアカン、情けない」

他にも何言かケアマネジャーに言っていたが、小声で聞き取れなかった。
恐らくさっき私に言ってたことを繰り返してるのだろう。

Dさんはその日、ケアマネジャーと一緒にタクシーで帰って行った。

翌日、Dさんのケアマネジャーが病院に来た。
本人の代わりに病衣を返しに来たようだ。

ケア「昨日はありがとうございました!一緒に家に行ったついでにいろいろ見たんですけど、ちょっと生活が成り立ってない。冷蔵庫の物もあんまり食べてなくて。ヘルパーさんが週2回来ていろいろ作り置きしてくれてるんですけどほとんど手をつけてないですね」

私「なんか昨日は『自分で食物繊維の多い食事を摂ってる』みたいに言ってましたよ」

ケア「意地なのかウソなのか。そんなの全然。『食べてないけど食欲ないの?』って聞いたら『食べてる』って言って食パン指さしてました」

私「うーん…だいぶやばいですね?」

ケア「薬のこともずっと言うから訪問看護さんに聞いたんです。そしたら確かに、便秘ならこんな薬も売ってるよ、とは言ったけど、病院で出されてるならいいじゃないって答えたみたいなんです。それがDさんの頭に残ってて、そっちを飲んで病院から出されてる薬を飲まなかったみたい!それで受診した時に薬出してんのに飲まなくて、しかも便秘が治らんって先生に言ったみたいやから『出された薬ちゃんと飲んでから!』って先生に怒られて。で、病院からの薬と自分で買った薬を一緒に飲んで昨日みたいなことになったみたいです」

私「なるほど。さすが、よく調べてくれましたね。またここ来るって言ってます?」

ケア「一応行くとは言ってたけど、わからないです。もう家の生活自体が限界近いんですけどね。リハビリも訪問で入れたいけど、勝手にふらふら出て行っちゃうからねぇ」

今更ながらDさんの情報を↓

・80代後半の男性
・ラクナ梗塞で1ヶ月間入院。著明な運動麻痺はなし。
・退院時に介護保険を利用して訪問や通所のリハビリを勧められたが『買い物に出るついで』『歩く機会を減らすともっと弱る』と外来リハビリ(医療保険)を希望された。
・同時に押し車の導入などを勧められたが、そんなのに頼るといけない、と拒否。ベッドレンタル、訪問介護(料理)、訪問看護(体調管理)のみ導入。
・自論は『僕に必要なのはリハビリや!』『なにくそ、頑張らないと』
・5m歩行時間:7秒00
・認知機能低下(HDS-R:11点)

次に実情の問題点

・リハビリが必要と言うが、歩いて来るだけで体力が残っておらず、ストレッチを受けるだけで精一杯。ちょっと運動すると疲労でベッドで休憩しないと帰ったり買い物に行けない。
・訪問看護はあまり乗り気でないのか、よく家に行ってもいないことが多い。
・家族は障害があり入院している息子さんと結婚して疎遠になっている娘さんがいる。娘さんはキーパーソンだが、ケアマネジャーも会ったことはないらしい。本人も家族に頼る気はサラサラ無い様子。
・よく言えば自立心が強い、悪く言えば固定観念が強すぎて他者の意見を聞かない。

キーになるのは、

今まで一人で頑張ってきた、これからも『なにくそ、頑張らないと』の精神でやっていくんや!という強い想い。

それでも、今までケアマネジャーがとても上手に接してきてくれたおかげで

頼りたい時に頼れる関係をケアマネジャーとは作れていた。

次の利用日、Dさんは来なかった。
その事をケアマネジャーに伝えると、

ケア「お腹が痛かったみたい。あと、訪問リハビリ勧めると食いつきが良かったので、そっちに移行しようと思うんです」

私「いいと思いますよ!レベル的にはそっちだし」

ケア「そちらのリハビリすごく気に入ってたんです!また元気になって通いたいみたいなんで、よろしくお願いします」

早速、訪問看護と同事業所の訪問リハビリを利用することになり、ここで私とDさんの“直接”の関係は幕を閉じた。
この件以降、私とDさんは会っていない。

しかし、Dさんに起こる出来事は終わらない。 

 第2章 “サードプレイス”へ続く

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