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作る町、止まれないいのち

春先の田んぼは、山が映り込んで美しい。初夏の田んぼは水をぐいぐい飲みこんだ青が映り込む隙を与えない程広がってまた、美しい。それを高台から眺めると、風が見えて時間を忘れる。

震災の時も感じた思い。自然の力、命が生きる力、例え人間に何が起きようとも変わらない、季節をつなげる力が人間を前に進ませる。暑い夏寒い冬が人間を我に返らせる。立ち止まっても動かざるを得なくなるのは、ひとえに命が次の命を生み続けている自然のおかげなんだと思わされる。

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かつてここに町の営みがありました。今も変わらずそこに在る海からの恵みに感謝し、多くの家族が暮らしをつないでいたのです。

今そこに人が暮らすことはできなくなりました。それはやはり海と生きていくためです。海と言う大きな命のゆりかごは、命を守るがゆえに町を飲み込む強さを持っている、その惧れを人が受け入れたからです。

そこに暮らしていた人たちもまた、命を守る強さを持っています。そしてその強さは増して、少しずつ町を新しく作り出しました。何故なら、この海もこの町もすきだからです。

生きていく町を選ぶことは、その町で生きていくということです。この町を選んだ人にとって、海と言えばこの町の海を意味し、山と言えばここの山を意味する「思考の土壌」を選ぶことになります。校歌に山や川の名前が入ると似た感覚です。

その町に家を構えるということは、その町の一部になるということを意味します。家族を作るのと同時に町を作ることにもなります。文化を受け入れ、受け継いでいくので、この町が故郷になっていきます。何も生まれた町だけが故郷ではなく、町の一部になることを選んだ人が故郷と呼べるのだと。

命はつなげていくものです。それは子どもを産み育てることだけではない、産まれ育ちまた育む環境を作るということ。緑が実を結び枯れてなお芽吹くように、町が循環する。私たちはその一部です。

一度まっさらになったのは町も心も同じこと。だからこそ人が暮らせない場所を作りながら人が暮らす場所も作っています。田畑は青く、海が輝いている。声を掛け合う人々が町を始めから生み出しています。

その町は一見知らない町のように、静かに新しく作られている。震災は終わっていないけれど、町は始まっていたのでした。





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