10. 身体的苦痛症または身体的体験症群(Disorders of bodily distress or bodily experience)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 身体的苦痛症または身体的体験症群(Disorders of bodily distress or bodily experience)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e

10. 身体的苦痛症または身体的体験症群(Disorders of bodily distress or bodily experience)

①身体的苦痛症または身体的体験症群は、自己の身体の感じ方の障害によって特徴付けられる。②身体的苦痛症は、患者にとって不快な身体症状があり、その身体症状に過剰な注意が向けられているものである。③身体完全性違和では、ある特定の持続する不快感を伴うような身体障害をもちたいという継続した欲求、または現状の身体障害のない状態に関する強い不適切感が表現される。

補足:① experience は大抵「経験、体験」という訳が当てられるが、ここでは「感じ方」とした。意訳が過ぎるという指摘があるかも知れないが、experience には「実感を得る」などの意味もある。何にせよ「体験の障害」よりはマシである。③ experience of the body の表現が繰り返されているが、無視した。persistent desire to have ~ accompanied by persistent discomfort について。「〜を持ちたいという、持続する不快感を伴う欲求」でも意味は通りそう(accompanied 以下が desire にかかるという解釈。)だが、ここでの accompanied by は直前の名詞にかかるものと解する。「『持続する不快感を伴う〜』を、持ちたいという継続した欲求」と訳した。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6C20 身体的苦痛症(Bodily distress disorder)
・6C21 身体完全性違和(Body integrity dysphoria)

身体的苦痛症(Bodily distress disorder)

①身体的苦痛症は、不快な身体症状の存在と、その身体症状に向けられる過度の注意によって特徴付けられる。過度の注意というのは、繰り返し医療機関を受診するなどの行動によって示される。②仮に何かしらの身体疾患があり、それが身体症状を引き起こしているのだとしても、それに向けられる注意は症状の性質と進行度に照らし合わせて明らかに過剰である。③過度な注意は、医学的に適切な検索及び繰り返しの保証では和らがず、④身体症状は過去数ヶ月以上に渡りほとんどの日に持続して存在しる。⑤典型的には多数の身体症状が訴えられるが、これらは経時的に変化しうる。⑥時には症状が一つ(大抵、痛みか疲労)のこともある。⑦症状およびそれに関連する不快感、囚われが患者の機能に幾らかの影響を及ぼす。(人間関係の制限、学業や職業における非効率、余暇活動の断念、など。)

補足:①たまに「身体的苦痛症(ICD-11)や身体症状症(DSM-5)の診断の際には身体症状の有無は問わない」という誤解をしている人がいるから、注意されたい。health care provider を「医療機関」とするのは乱暴だが、身体的健康の提供者よりは良かろう。② If 節を「もしも〜」としか訳せない人がいるが、上記のような訳し方でないとおかしくなる場面は多々ある。残念ながら現在の DSM-5 の翻訳にもそういう箇所がある。health condition を「身体状況」としては伝わらない。⑥ is associated with the other features of the disorder は、「この疾患の他の特徴と関連する」と訳せるが、今その disorder についての話をしているのだから、その disorder の他の特徴と関連するのは当たり前である。


6C21 身体完全性違和(Body integrity dysphoria)

①身体完全性違和は重症の(四肢の欠損、対麻痺、視力喪失)身体障害を負いたいという欲求によって特徴付けられ、思春期早期までに発症する。これに、現状の身体障害のない状態に対する持続する不快感または強い不適切感を伴う。②身体障害者になりたいという欲求は、その欲求への囚われ(障害者のように振る舞うことに時間を費やすことを含む)による生産性や活動性や社会機能(障害者の「ふり」をするのが難しくなるため緊密な付き合いを好まない)の顕著な低下や、自分の身体、命を危険に晒すことで実際に障害者になろうという試みなどとしてて表される、有害な結果をもたらす。③この疾患は他の精神疾患や、詐病では上手く説明されない。

補足:② physically disabled は「身体障害者」とした。色々議論の多い単語であることは承知している。「生産性」も微妙なところだが、productivity の訳は他に思いつかなかった。③ malingering は「詐病」であるが、単語はともかく内容的には難しい。正直、6C21 身体完全性違和(Body integrity dysphoria)の疾患概念は初耳であった。(児童をほとんど診ていないというのもあるかも知れないが。)

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