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生命を大切にしない社会

北海道から東京に移り、精神科臨床医として働いたこの6年、どうにも腑に落ちないことがある。

それは、社会があまりにも生命を粗雑に扱っているということ。

この6年間の日本社会はそのまま二次自公政権の世界と重なる。

2012年12月、生活保護費削減をスローガンに掲げて、民主党政権から自公連立政権へと政権交代が行われ、公約通り、生活保護費は閣議決定とやらで矢継ぎ早に削られてきた。

2015年に住宅扶助費が削減された時は特に深刻で、従来居住している住宅が新たな基準を超えるため、凄まじい数の方々がほぼ強制的により狭く不自由な物件への転居を余儀なくされた。

この時、多くの方々の嘆きと悲鳴、困窮を、自身の二つの耳で数えきれない程伺って聴いたことは生涯忘れない。長年住み慣れた土地、コミュニティから強制的に引き剥がされる嘆きは、「屋根の上のバイオリン弾き」のアナテフカの歌唱が想起されてならず、胸が痛んだ。

2018年以降の新たな削減や決定事項は、町医者精神科医の目からは、もう憲法25条で保証された健康で文化的な生活などとは程遠い水準のものだった。

猛暑でも空調がない、購入する余裕が全くない、まともに三食食べられている世帯の方が殆どいない、内服薬はほぼ強制的に後発薬にされて治療を受ける決定権がないーあまりに酷い人権侵害がこの先進国で平然と200万人以上の方々に対して行われている不条理に、現場で困窮を目の当たりにする一介の臨床医として到底沈黙は出来なかった。

当事者の方と支援団体の方々とで厚労省の公明党の副大臣と直接お会いさせて頂き、削減の撤回を心からお願い申し上げたこともあったが、副大臣は官僚の方が用意した紙片をほぼ一方的に読み上げられて面談は事務的に終わった。福祉の公明党は一体何処へいったのかー率直に、そう思った。

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そしてSARS-COV-2

ご存知のように今年の1月から前代未聞の新型コロナウイルスが世界で猖獗を極めている。

生命科学系の大学院を出て、大学付属の遺伝子病制御研究所というところで研究を行ってから精神科臨床医になったという、少し変わったキャリアの自分にとって、ウイルスの性質、感染の作用機序はやはり一番の関心事だった。

世界4大医学論文雑誌(Lancet, New England Journal of Medicine, JAMA,BMJ)を初期からオンラインで読み漁って、特に極初期の1/24のLancetにおける症例研究の論文には、率直に仰天した。その病態のあまりの深刻さに。

研修医時代、呼吸器内科と血液内科でトレーニングを受けたから、入院死亡が15%で29%、約1/3がARDSを来す感染症はあまりに深刻なものだった。その後色々情報を集めたりプレプリント(査読前論文)を読むと、基本再生産数が2.2〜3にも至ることを知り、今年1月下旬の段階で世界的パンデミック は不可避と確信した(百年前に猛威を振るったスペイン風邪は1.8程度)。

しかし、多くの主要医学論文で深刻なデーターや驚異の感染力が報告されているにも関わらず、2月初旬の段階で大手メディアは「湖北省・武漢以外の致死率0.2%、季節性インフルエンザは0.1%」と報じ、インフルエンザとさして変わらないという識者の論が圧倒的に世論に蔓延り、事態の深刻さが全く社会で認識されていないことに戦慄した。事態の軽視、報道のバイアス、生命よりも経済優先の諸政策は明らかだった。

春節以後、その後の顛末はこれを読んでくださる皆さんがご存知の通り、感染は国内でも急速に膨れ上がり、現在進行形で感染者の多くの方々は社会から置き去りにされている。発熱、咳嗽を来たしたため、保健所や20件以上の医療機関に問い合わせたが、どこからも受け付けてもらえず、不安と恐怖に駆られる方々から相談の連絡が多くかかってきた。

現実の感染実態と公表数の乖離の隔絶は誰が見ても明らかなのに、行政や政府は検査拒否体制を貫き、本当の実態を把握しようとせず、患者さんは不安と恐怖と症状を抱えたまま置き去りにされてきた。深刻な変異を伴った、恐らく今後確実に来るであろう第二、第三の大きな感染者数増加の波が来ても同様のことが起こるだろう。過去の大本営発表は戦果、損失を十倍程度過大、過少に発表していたようだが、今は大本営発表を遥かに凌ぐオーダーの犠牲者おられることはほぼ間違いないだろう。

詮ずるところ

深刻な現実の実態を直視せず、放置を続けて場当たり主義的に事に当たる。

一人の人間の生命を大切にしない。

というこの国の宿痾が数百年こびりついていることを、改めて認識した。

時代の精神病理というより、この国全体の精神病理の根幹が上の二つに集約されるのではないか。

より良き社会建設のためには、深刻な事態の着実な認識、直視、個の生命の絶対的尊厳に立脚することが不可欠と思う。

話は逸れるが、自分の祖先が島原の乱で原城篭城戦の一揆衆側として城に篭って戦って死んだことを、つい数年前高齢の祖母の弟から聴いた。

当時の島原藩松倉家も、実質三万石なのに十万石と実態に即さない報告を幕府にして、分不相応の豪奢で壮麗な城を築城し、領民を苦しめ、乱の根本因を作った。結果、3万人の領民が無残にも殺されることになったが、構図は今も昔も挿して変わらないように思のは自分だけか。

ともあれ、生命を大切に、大切にする社会であって欲しい。

まず隗より始めよ、で足元から、自ら他者を大切にしたい。

#新型コロナウイルス #コラム #いま私にできること

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