伝統を変えることは許されない。しかし荒らさないと新しいものは生まれない。
皆さん、今年の夏はいかがお過ごしですか?
僕の夏休みは、C1グランプリから始まりました。
C1グランプリ、審査員をやらせてもらいました。
C1グランプリとは
YouTubeライブでセッションを公開し、その場で「スキル」「芸術性」「エンタメ」を審査されるコーチング界のM-1グランプリ
審査員には、国際コーチング連盟日本支部 元理事の林健太郎さんや、その他経験豊富なベテランコーチの皆さま。
第一回大会、ありがたいことに優勝させてもらったので、その副賞として審査員席を用意してもらいました。
本家M-1フリークの僕としては、構成力を評価するナイツ塙と、パーソナリティやキャラクターを活かした内容・魅せ方を重視する中川家礼二の採点が好きなので、裏テーマ的にその基準を真似しながら審査に臨んでいました。
スキル点は、結果的に思考が進んだかどうかに関わらず、必要な手順を飛ばしたり、コーチのための質問、コーチのための時間が流れた、と感じたら、その都度減点。
ここは客観的な審査が必要な気がしたので、一番気を使ったかもしれません。
芸術点は、ナイツ塙的な思考で、15分をどうデザインしていたのか。60分セッションの最初の15分ではなく、きちんと15分のセッションとして構成できていたかどうか。必然的に、序盤は速やかで確かな合意形成と、スピード感ある関わりがめっちゃ大事になるはずなので、まずはそこ。
中盤〜終盤にかけては、雑な言い方をすると、いかに余計なことをしないかと、フィニッシュの形作りですね。問っぱなしで終わらずに、いかに気持ちよくto be continueに持っていくか。その技術を問われている項目だと理解しています。
エンタメ点は、中川家礼二的な思考で、その人らしさを感じたかどうか。それから、これは完全な僕基準ですが、
「感動」と「活力」が生まれたかどうか
エンターテイメントは、人を喜ばせたり、楽しませたりすることですよね?
誰かに心から喜んでもらう、楽しんでもらう、それを高いレベルで達成するには「感動」が必要。そして、その感動の先には、明日を生きる「活力」がある、と僕は思っています。
C1においても、そのセッションを通して「感動」と「活力」が生まれ、それが僕たち聴衆まで伝わってきたかどうか、を基準に審査させていただきました。ごめんなさい、ここは完全に主観です。
C1がやろうとしていることは何か?
主査である林健太郎コーチからもありましたが、
コーチングのエンタメ化
が、一つのテーマ。
僕はC1の運営スタッフでもないし、僕の口から語るようなことではないので、深くは語りませんが、
C1を通して僕が感じたこと、僕に起こったことは話してもいいかなと思うので、このnoteではそれについて、もう少しだけ語ってみたいと思います。
伝統を荒らすことで、新たな伝統が生まれる
僕は歌舞伎が好きです。と言っても、実際に観たのは一回しかないので、歌舞伎という概念が好き、のほうが正しいかもしれません。
すべてのエンターテイメントは、突き詰めたら歌舞伎に行き着くとすら思っています。
そんな大好きな歌舞伎の第一線で活躍する役者の一人、市川海老蔵さんが、ある本のインタビューで「伝統」について語っていました。
一部、引用させていただきます。
父・十二代目團十郎の教えですが、伝統を変えることは許されない。しかし荒らさないと新しいものは生まれない。波風は立つけれども、荒らす振れ幅が大きければ大きいほど撹拌され、伝統はさらに深いものになる。
多くの人に見ていただくためには、現代という時代に対して自分をどう位置づけるかが何より大切です。演目や役に対する解釈を常に更新できなければ、歌舞伎に関わる意味がない。その結果として、新たな伝統が誕生します。
それには勇気と覚悟、何よりも強い気構えを必要としますが、それが見る人を喜ばせることにつながると信じています。
僕には、この言葉に、C1がやろうとしたことが全て詰まっているのではないかと感じます。
コーチング と 歌舞伎の共通項
僕と歌舞伎の出会いは大学時代。表現に関する授業で、カリキュラムの一つとして少し扱われた程度でした。その内容は、音楽の世界でエンターテイメントと向き合う僕にはとても衝撃的なものでした。
歌舞伎には型があります。
型とは、役者を縛るものではなく、
どうすれば、大衆に想いが伝わり、喜んでもらえるのか
と、数々の偉大な先人たちが精錬していった技術のことであり、この中でなら、何をしてもいいという、ある種自由への切符でもあります。
さらにいうと、型どおりに演じることを突き詰めた先に、どうしても滲み出てしまうもの、それこそが役者の個性であるともされています。
コーチングも同じじゃないでしょうか?
傾聴・承認・質問といった型をどう演じるのか。その中でどうしても滲み出てしまう空気や微細な非言語情報と、それによってクライアントに起こることこそが、コーチの個性。
「というと?」の一言にも、そのコーチがどれだけ愛を持って関わっているかは、クライアントや見ている人には伝わってしまうものです。
C1に出場されたコーチの皆さんは、基本的な関わりの中にも、それぞれの空気、色がありましたよね。それはきっと、基本と誠実に向き合ってきたプロセスがあるからこそ滲み出た個性なのだと思います。
もう一つ、歌舞伎のおもしろさに「掛け声(大向こう)」があります。
大向こうとは、客席の後ろから「成駒屋!」などと聞こえる叫び声のこと。
あの掛け声、実は上手い下手があるって知ってましたか?
上手い掛け声は舞台を盛り上げ、リズムを作るんだそうです。しかも、歌舞伎は掛け声を入れてもらうための間が事前に用意されているらしい。
つまり、歌舞伎の舞台は、お客さんと一緒に創る前提で脚本が書かれているのです。
僕が歌舞伎を好きになった一番の理由はこれ。お客さんがいて初めて成立する舞台。なんと面白い!!
考えてみれば、AKB48なんかもそうですよね。お決まりの曲には、合間合間にファンの合いの手(大向こう)が入りますし、その余白が用意されています。
ここからは僕の解釈ですが、その余白によって「自分たちがこの場を作った!」という感覚を、お客さんにか感じてもらえるのではないか、、
裏を返すと、
あなた達がいなかったら、この場、この時間は作れませんでした。ここにいてくれてありがとう。
そんな、存在の承認、観客への””愛””の表れであると思うです。
観客たちは、歌舞伎の演目だけじゃなく、その場から承認され、””愛””を受け取ることで、明日を生きる活力を得る。
それがエンターテイメントの本質であり、その本質を伝統芸能へと昇華したものが歌舞伎なのではないでしょうか。
エンタメ化 = 魅せ方のアップデート
僕にとって、コーチングと歌舞伎は、深いところで繋がっています。
突き詰めたら、そこにあるのは””愛””
エンターテイメントが大好きで、エンターテイメントを通じて人を元気づけたり、勇気づけたり、前向きに明日を迎えてほしい、そう願っている僕は、
時には、アカペラアーティストとして音楽・ライブを通じてそれを実現しようとするし、
時には、コーチングを通じて、真に迫る悩みや、モヤモヤを解決することで、それを実現しようとしています。
C1のセッションは、セッションを受けたクライアントだけでなく、その関わりを見ている僕達の心にも変化を起こしてくれましたよね。
生の舞台で、目の前のクライアントさんの思考にアクセスして、今まさに変化していくのを目の当たりにするなんて、こんなに興味深いことはありません。
要は、僕にとっては、コーチングは「エンタメ化」するまでもなく、初めからエンターテイメントなんです。
とはいえ、C1は、普段閉じた場でしか存在しないドキュメンタルな場を、わかりやすく、親しみやすく、楽しみやすい形にアップデートして、より沢山の人と一緒に、コーチングの素晴らしさ・面白さを体感できるようにしてくれました。
「エンタメ化」とは、決しておちゃらけて笑える風のコンテンツにしてみたり、闇雲にハードルを下げることではなくて、
自分たちの行いを通じて、人に「感動」と「活力」を与えられるように、魅せ方をアップデートしていくこと
とも言えるかもしれません。
C1グランプリがやろうとしていることは、決してコーチングのエンタメ化なんかじゃない
ただ、C1の本当の意義はそこじゃない気がしてます。
面白おかしくエンタメ化するだけなら、わざわざ審査したり、協賛企業を探したり、こんな大掛かりなチャレンジにしなくてもいいですよね。
コーチング界で、これまで伝統的に守られてきた「守秘義務」は、完全に放棄、大前提のルールからも逸脱しています。
審査基準も、冒頭で色々言ったけど、じゃあ何か減点対象があったとして、それがマイナス2点なのか、5点なのかはわからないし、審査する側は普段のセッションで120%そう進めてるの?みたいなところも疑問っちゃ疑問。
じゃあなぜ、やるのか?
そこに、先の海老蔵のインタビューにあった
伝統を変えることは許されない。しかし荒らさないと新しいものは生まれない。
が繋がってくるのではないか。
貴族が愉しむ「能」が、大衆演劇「歌舞伎」に昇華されたように、
コーチングも、一部のエグゼクティブや意識の高い人たちだけが受けるものから、良い意味で大衆化して、もっともっと世に浸透させるフェーズにしているのかもしれません。
そのために、あえて伝統を荒らし、撹拌し、さらに深める。
林さんなりの、現代に即した形にコーチングをアップデートし、より多くの人が楽しめるように、コーチングの良さを享受できるように再構築していく活動なのではないかと思うのです。
演目や役に対する解釈を常に更新できなければ、歌舞伎に関わる意味がない。
この言葉を、僕達は一度考えてみても良いのかもしれない。
コーチの問いや、役割は時代とともに変わってくるはず。型を学び、守を重んじる姿勢は必要ですが、今の私達にとって、コーチングがどんな役を演じるべきなのか、その解釈はアップデートされて然るべきなのかもしれません。
第二回C1グランプリは、400回以上の再生回数があったと聞いてます。
「あれはコーチングじゃない」とか「クライアントのためになってるのか」とか、僕の耳には届いてないけど、たぶんちらほらあったんだろうな〜と邪推してますが、
第一回から第二回にかけて、大きく躍進し、たくさんの人が見て、学んで、楽しんでくれる大会になりました。
本家M-1と同じく、初回は、先鋭的過ぎて、みんなよくわかってなくて、盛り上がったのは盛り上がったけど、一般的にはそこまで認知されてなかった感じがあったけど笑、たった二回目にして、荒れるまで大きくなるなんて、たぶん結構すごいことだと思います。
伝統を変えることは許されない。しかし荒らさないと新しいものは生まれない。
C1は、新しい伝統作りに挑戦しているのかもしれない。。
そんな風に思いましたって話でした!
林さんを始め、運営スタッフのしみしょーさん、まさよさん、その他すべての皆々様へ
第一回、第二回と呼んでいただけて、ほんとに感謝です。
あわよくば、初代王者の株が上がっていくよう、今後も大会をどんどん盛り上げてもらって、オープニングムービーとか作っちゃって、そこで毎回僕の映像を使ってください。笑
ちなみに、本文とは関係ありませんが「スキ!」を押してもらえると、ランダムで僕が好きな名言が出るようにしてみました。
このnoteを面白い!と感じてくれた方は、ぜひ「スキ!」をお願いいたします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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