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上下顎オトガイ骨切り術における出血とその対応


注:自分自身の学習と理解によるNOTEです。誤りがある可能性があるため、正書での確認をお願いします。


顎変形症などに起因する咬合異常に対するOrthognathic surgery(顎の矯正手術)は手術器具の発達や手術技術の安定化、低血圧麻酔の導入などにより現在では比較的安全に行えるようになっています1)。しかし、術中及び術後における出血は対応を誤ると生命にリスクを及ぼす合併症となります。Orthognathic surgeryにおける出血とその対応について解説します。

 

 顎変形症などを原因とする咬合異常に対するorthognathic surgery(顎の矯正手術/LeFort Ⅰ型骨切り術、下顎枝矢状分割術SSRO、オトガイ形成術など)は手術器具の発達や手術方法の確立化により現在では比較的安全に行えるようになっています。また、基礎疾患がなく全身状態が良好な患者に対する待機手術であることが多いこともあり、現在では自己血輸血の準備を行った上で手術が行われるのが一般的です2)3)。しかし、術中及び術後に生じる出血は対応を誤ると生命にリスクを及ぼす合併症になります4)。

Orthognathic surgeryにおける合併症には腫脹・疼痛・感染・発熱などの顔面の手術において一般的なものから、異常骨折・呼吸障害・顔面及び口腔内の知覚異常5)6)・顔面神経麻痺7)8)・顎関節症状・歯牙損傷・手術器具による軟部組織損傷・術後の顔貌や鼻形態への不満や精神障害の発症9)・視力障害7)10)11)・くも膜下出血10)12)など本手術を行うにあたり必ず知っておかなければならない合併症や偶発症まで様々です。その中でも出血に言及されている報告は比較的多く4)13)14)、Orthognathic surgeryの1%未満に血管に関わる大きな合併症が生じるとされています13)14)。

術中合併症としての出血の出血源として上顎では顎動脈・下行口蓋動脈・翼突静脈叢・蝶口蓋動脈などがあり15)、下顎では顎動脈・下歯槽神経血管束・顔面動静脈・下顎後静脈・舌下動脈などがあります13)15-17)。手術技術の発達や解剖学的知識の向上により術中にこれらの血管の損傷を来すことはほとんどなくなってきています。しかし、術中に大きな出血は生じずとも、手術の影響で顎動脈に仮性動脈瘤が生じ、術後数週間から数か月後に破裂し大出血を来す例があることもあり出血や解剖については十分な知識をもって手術にあたる必要があります4)。特に顎動脈からの出血はひとたび生じると生命の危機となるため、早急な血管内治療を必要とします4)18)19)。

 Orthognathic surgeryは口腔内で行う手術であることから非常に視野が狭いです。そのため、少量の出血でも視野の妨げになります。手術を円滑にトラブルなく進めるにはそういった小さな出血を1つ1つ処理して視野を十分に確保することが必要となります。上顎骨骨切り術の際に手術操作の妨げとなる出血点としては、口腔粘膜、骨膜剥離部分及び骨膜が裂けて露出した脂肪及び筋組織、鼻腔内剥離部分、鼻腔及び上顎洞内粘膜、骨切りによる骨断端などがあります。骨に到達するまでの皮膚や軟部組織の切開(アプローチ)の最初に行われる粘膜切開における出血が持続すると術野に流れ込むため、バイポーラ等で十分に止血する必要となります。筋肉の切開については、Colorado needle (Colorado MicroDissection Needle®・Strayker Co.,Ltd.)などを使用してできるだけ出血を防ぎます20)。骨膜剥離部分からの出血は自然に止血されることが多いです。しかし、経験上ですが骨膜剥離の際の出血は患者による差がかなり激しいです、そのため出血が多い症例においてはボーンワックス等での止血が必要になることがあります。特に梨状孔(鼻の穴のこと)周囲の骨膜剥離部分からは持続した出血が生じる症例が多いと感じています。上顎骨を外した後は処理を必要とする部分が深くなり視野が一層狭くなります。鼻腔内の骨膜を剥離した部分や上顎洞の粘膜から出血を来すことがあります。鼻腔内は直視下に見えるため比較的出血点が見つけやすいので丁寧な剥離とバイポーラ等の止血が可能です。上顎洞内粘膜からの出血は上顎洞前壁が視野の障害となり、十分に視野が得られないことがあります。時に歯槽動脈などから拍動性の出血を来すこともありバイポーラ等(止血用の機械)での確実な止血が求められます。上顎洞後壁及びそれより深部の軟部組織からの出血はoozing(にじみ出てくる出血)であったり、動脈性の拍動性出血であったりと様々です。まれに上顎洞後壁の骨に隠れた深部より動脈性出血が生じることがあります。この際には骨を除去して出血点をきちんと確認した上で丁寧に止血することが必要となります。

上顎骨を後方または上方に移動する(上顎骨の時計回転やガミースマイルの場合)際には下行口蓋動脈周囲及び翼状突起部の骨削除が必要となります。翼状突起部の骨削除やそれを回避しつつ上顎骨を移動させる方法については様々な検討がなされています21-23)。

下顎骨もアプローチの粘膜や骨膜からの出血への対応は上顎骨と同様ですが、下顎小舌周囲の剥離と展開の際には、顎動脈からの小さな枝を損傷してしまうことがあります。同部位に関しては丁寧な骨膜下の剥離が必要となります。出血が生じた際には、自己生体組織接着剤やエピネフリン含浸ガーゼ等を用いて止血を行います。

現在ではorthognathic surgeryの際に大血管の損傷を生じ、大量出血をみることはまれになってきたと考えます。しかしorthognathic surgeryの際の大量出血はひとたび生じると出血点の確認ができにくいこともあり、生命のリスクとなります。そのため、外頸動脈の結紮または血管内治療が必要となることもあります4)。

 

上下顎骨切り時の出血は手術器具や技術の向上とともに生命機能の維持ができなくなるほどの大量出血になることはまれになっています。しかし、口腔内という狭い術野で操作が行われるため、少量の出血でも手術操作の妨げとなります。また術野と気道が近接していることから狭い視野での無理な操作は窒息などの重大が合併症に直結します。そのため、上下顎骨切り術を行う際には出血点を熟知すること、そして確実に止血を行うことが重要となります。

 

引用文献

 

1) Praveen K., Narayanan V., Muthusekhar M. R.et al: Hypotensive anaesthesia and blood loss in orthognathic surgery: a clinical study. Br J Oral Maxillofac Surg 39:138-140, 2001

2) Nath A., Pogrel M. A.: Preoperative autologous blood donation for oral and maxillofacial surgery: an analysis of 913 patients. J Oral Maxillofac Surg 63:347-349, 2005

3) 宇野 珠世, 吉田 啓太, 小田 綾et al: 当院で行った上下顎骨移動術での自己血輸血および術中管理に関する臨床統計学的検討. 日本歯科麻酔学会雑誌 44:9-13, 2016

4) Kashiyama K., Hirano A.: Pseudoaneurysm of the Maxillary Artery With Prebleeding Warning Signs After Le Fort I Osteotomy. J Craniofac Surg 32:e742-e744, 2021

5) Kim S. G., Park S. S.: Incidence of complications and problems related to orthognathic surgery. J Oral Maxillofac Surg 65:2438-2444, 2007

6) Panula K., Finne K., Oikarinen K.: Incidence of complications and problems related to orthognathic surgery: a review of 655 patients. J Oral Maxillofac Surg 59:1128-1136; discussion 1137, 2001

7) Bendor-Samuel R., Chen Y. R., Chen P. K.: Unusual complications of the Le Fort I osteotomy. Plast Reconstr Surg 96:1289-1296; discussion 1297, 1995

8) de Vries K., Devriese P. P., Hovinga J.et al: Facial palsy after sagittal split osteotomies. A survey of 1747 sagittal split osteotomies. J Craniomaxillofac Surg 21:50-53, 1993

9) Finlay P. M., Atkinson J. M., Moos K. F.: Orthognathic surgery: patient expectations; psychological profile and satisfaction with outcome. Br J Oral Maxillofac Surg 33:9-14, 1995

10) Lo L. J., Hung K. F., Chen Y. R.: Blindness as a complication of Le Fort I osteotomy for maxillary distraction. Plast Reconstr Surg 109:688-698; discussion 699-700, 2002

11) Girotto J. A., Davidson J., Wheatly M.et al: Blindness as a complication of Le Fort osteotomies: role of atypical fracture patterns and distortion of the optic canal. Plast Reconstr Surg 102:1409-1421; discussion 1422-1403, 1998

12) 佐野 愛, 田家 諭, 上北 郁男et al: 上顎骨骨切り術(Le Fort I型)でくも膜下出血を起こした1症例. 麻酔 56:74-76, 2007

13) Lanigan D. T., Hey J., West R. A.: Hemorrhage following mandibular osteotomies: a report of 21 cases. J Oral Maxillofac Surg 49:713-724, 1991

14) 片桐 渉, 小林 正治, 佐々木 朗et al: 本邦における外科的矯正治療の実態調査 2017年度日本顎変形症学会実態調査の結果より. 日本顎変形症学会雑誌 30:213-225, 2020

15) Khanna S., Dagum A. B.: A critical review of the literature and an evidence-based approach for life-threatening hemorrhage in maxillofacial surgery. Ann Plast Surg 69:474-478, 2012

16) 野池 淳一, 清水 武, 五島 秀樹et al: 当科における顎矯正手術に対するクリニカルパスの評価. 日本顎変形症学会雑誌 20:15-24, 2010

17) 長谷部 大地, 須田 大亮, 浅井 佑介et al: 新潟大学大学院医歯学総合研究科組織再建口腔外科学分野において過去48年間に施行された顎矯正手術の臨床的検討. 日本顎変形症学会雑誌 26:266-274, 2016

18) Avelar R. L., Goelzer J. G., Becker O. E.et al: Embolization of pseudoaneurysm of the internal maxillary artery after orthognathic surgery. J Craniofac Surg 21:1764-1768, 2010

19) Fernández-Prieto A., García-Raya P., Burgueño M.et al: Endovascular treatment of a pseudoaneurysm of the descending palatine artery after orthognathic surgery: technical note. Int J Oral Maxillofac Surg 34:321-323, 2005

20) 樫山 和也, 森内 由季, 天願 翔太et al: Colorado needleと炭酸ガスレーザーを用いた鼻瘤治療. 長崎医学会雑誌 96:85-91, 2021

21) Lanigan D. T., Loewy J.: Postoperative computed tomography scan study of the pterygomaxillary separation during the Le Fort I osteotomy using a micro-oscillating saw. J Oral Maxillofac Surg 53:1161-1166, 1995

22) Kang N., Hwang K. G., Park C. J.: Maxillary posterior segmentation using an oscillating saw in Le Fort I posterior or superior movement without pterygomaxillary separation. J Oral Maxillofac Surg 72:2289-2294, 2014

23) 原田 清: 顎変形症 私の術式(その3) Le Fort I型骨切り術 基本術式とそのバリエーション 馬蹄形Le Fort I型骨切り術. 日本顎変形症学会雑誌 23:233-237, 2013

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