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0113 - 2人のやりとり

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祖母は90歳を越えてまだまだ元気。一緒に食事する機会も多々ある。ここ最近で食事中にする話題といえば、もっぱら新型コロナなのだが、情報源のほとんどがテレビな祖母はとにかく『恐い』を連呼する。

対して、父はテレビをほとんど見ない。代わりに、情報収拾の中心は新聞とネットで、後期高齢者と同居していることもあり、新型コロナに関する情報は幅広く収拾して吟味している。

この2人のやりとりが興味深い。

祖母はテレビがメディアの王様、というかメディアの神様のような存在で『テレビで報じられていることは正しい』という感覚で生きている(ように見える)。なので、昨今の新型コロナの(大袈裟な)報じ方を真っ直ぐに受け止めて『恐い』となっている。父は「こうこうこういう理由で、そこまで恐がる必要ないよ」と論じてはいるが、祖母はいまいち受け止めることができないようで、自分がいかに恐いと感じているかを一生懸命に述べるのみ。

テレビはテレビでチャンネルは複数あるも、どこも似たような視点と温度感でニュースを報じている印象。なので、あえて『テレビ』と一括りにさせてもらい、祖母と父のやり取りから個人的に感じるポイントはこの2点。

・情報源が1方向だけだと見える景色がどうしても偏ってしまうんだな
・恐いと感じている時は、視野や思考が更に狭まり固執してしまうんだな

宗教の勧誘や悪徳商法で人を騙す際のパターンとして『外部との情報を遮断する』『同じ情報を何度も繰り返して思考停止に追い込む』『そして恐怖心を植え付ける』ということを聞いたことがあるが、新型コロナの情報に対する祖母の状況はそれに近いように思える。

とはいえ無理に『テレビは見ちゃダメ』とするのは根本的な解決にはならない。ほとぼりが冷めるまでは、祖母には『大丈夫だよー』と優しく応対しつつ、掃除や手洗いなどの予防を怠らないよう気にかけつつ、(個人的な印象としては、知れば知るほど恐がる必要が無いウイルスなので)平常モードで生活するのが一番だなと思う。

余談:
ここ1〜2週間、毎日のように付き合いのある企業や飲食店の方と会ったりメッセンジャーで話したりしているが、ウイルスよりもよっぽど恐ろしくて深刻な経営状況。聞いてるこちらまで気が滅入ってくるレベル。過度に騒ぐ&自粛することが巡り巡って自分の身に(主に経済的に)大きなダメージとなるので、自粛して大人しくするのではなく『他に方法は無いかな』と情報収拾を含めて模索しながら『動き続けること』が本当に大事だなと日々痛感している。

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