熊塚次妛「栄通り商店会連続福引事件」(ネタバレあり)

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折川唯・増谷愛・入名舞の仲良し三人組は、まっすぐに一等賞を狙っていた。飲みたくもない発泡酒を連日買い込み、多忙な主婦の買い物を代行し、人海戦術で集めまくった70枚以上の福引券。しかし、なぜか予告の期日より3日も早く福引コーナーは撤去されてしまい……
幻と消えたモスクワ旅行の恨みは推理で晴らせ! 日常に潜む謎と伏線を掘り起こす、珠玉の連作短篇集。

熊塚次妛という作家に欠点があるとすれば、それは「驚くほど知名度が低い」に尽きるだろう。少なくとも20年以上前から執筆活動を続けていて(とくべつ寡作なわけでもないのに!)、今までに出会った自称読書家で熊塚次妛を知っている人はほぼおらず、「読んだことはないけど名前は聞いたことがある」まで譲歩してようやく5、6人程度だった。なぜなんだ。Amazonで検索しても一件もヒットしない。なぜなんだマジで。

ちなみに著者名の漢字は「妛」ではなく「山かんむりに安」と書くのが正しいのだけど、いくら探してもパソコンで変換できず、仕方なく見た目の近いこの文字を使っている。まあ、出版社のサイトに載ってる新刊情報なんかでも同じような扱いだから…

そんな熊塚の最新作をようやく入手し、3時間ほどで読み終えての今、である。わりと興奮しているが、なるべく冷静に各短編の感想を連ねていきたい。ミステリーなのでネタバレに配慮すべきとは思うし、なるべく回避しつつ語りたいとも思うのだけど、どうしても通過しなければ熱を伝えきれる自信のない箇所がいくつかあったので、そこはご容赦願いたい。まだ読んでないあなたが悪い。

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栄通り商店会連続福引事件

主人公三人組のキャラ紹介を兼ねた表題作。お互いのことをユイ・アイ・マイと下の名前で呼び合う気さくな関係性や、いわゆる「日常の謎」系によくあるライトな雰囲気でカムフラージュされがちだが、この物語のモチーフがどこから着想を得ているかは、それぞれの苗字を見れば一目瞭然だろう。底抜けに明るい(ように見える)三人の漫才じみたやりとりの端々からも、その「影」の気配は窺える。本筋には直接関係してこない個々の小さなエピソードが、単なる探偵役で配置されただけではない、血の通った生活を送る人物としてのリアリティを担保してくれている(と同時に「真相」へのミスリードを誘うギミックとしても機能するから油断ならないのだけど)。

アイスクリーム・トロッコ

炎天下、6人分のアイスクリームを容量の足りないクーラーボックスで無事に持ち帰る方法は?という、本来のトロッコ問題とは趣旨がややズレるものの(どちらかといえば「川渡り問題」のイメージが浮かんだ)机上の論理パズルとしては挑みがいのあるテーマだなと思った。解決後の「いかにも」なオチに至るまで、流れるような語り口で一気に読ませてくれる。

連作短編集だけあって、前の短編でもたらされた"解決"が次の短編の"謎"を生成する要因になるという連鎖反応を起こしているのも巧い。巧いというか、実際、これこそが各短編を貫く一本の線なのだけど……その話は後程じっくりと。

お揃いになった男

主人公が三人組に設定されたことで、絶対的な名探偵ポジションを担う人物がいない構成になっている。それぞれに発想や思考回路が異なるので事件のタイプによって得手不得手があり、その都度ホームズだったりワトソンだったりと役割分担が変わるため、次々に出される仮説から「今回のホームズは誰なのか」を推理していくお楽しみ要素もある。

「連続福引事件」で一瞬話題にのぼり、そこでは与太話の一つとして片付けられたアイの「白と黄色の玉をすり替えるトリック」の仮説がここで生きてくる。ただ「マネキン買い」に関しては、自分にそういった憧れが全然ないのでピンとこない部分もあり、どんでん返しの驚きという意味では多少消化不良な作品だった。

秋刀魚が歩く日曜日

殺人事件は歴とした犯罪なので警察の介入が必須となるけれど、「日常の謎」の場合はその限りでなく、逆にそういった捜査機関による専門的な検証を持ち込むことができない……この点を逆手に取ったアイデアというのは、意外に前例が(ないとは言い切れないが)少ないのではないだろうか。

防犯カメラの映像を確認しさえすれば、間違いなくサンマを盗んだ犯人(?)の姿は突き止められる。しかし肝心の映像を手に入れる方法がない……ということで、あらゆる推理は「真実の看破」ではなく、あくまで憶測のレベルにとどまる。さまざまな想像を(ときには妄想を)巡らせ、その中から「より真実っぽい仮説」を選ぶことはできても、それらが本当に正しいかどうかは最後まで知ることができない。マイの台詞には、それまでの展開を踏まえても非常な含蓄がある。

「ちょっと地元でチヤホヤされてるだけの素人探偵だよ。わたしたちは、それを思い知らなきゃいけない」

セーラー服とチェーホフの銃

目次に並ぶタイトルを見た段階から、この作品だけ「異色」の匂いがプンプンしていたのだけど、結果から言えばその予感は的中した。

(ここからはかなり重度のネタバレになってしまうんだけど)「福引事件」の"解決"が事実とは異なるということが明らかになると、これまでのお気楽な連作短編はがらりと姿を変えてしまう。なぜなら「福引事件」の真相が石野の言うとおりなら(ユイたちが"解決"に関与せず、その後の行動も取らなければ)「アイスクリーム・トロッコ」のドライアイスが足りなくなることもなければ、そこから芋づる式にマネキン買いのすれ違いやサンマの消失へと連鎖していくこともなかったからだ。誤った探偵が物語に介入してしまうことで、次々に掛け違えられたボタンが石野マリの失踪へと繋がっていったのだとしたら……

「裏で誰がどんなに傷ついていたかも知らないくせに。私の事情なんてお構いなしに土足で踏みにじって、好き勝手な推理合戦で盛り上がって、『有意義な時間だったね』とかなんとか言いながら、また次の事件に首突っ込みに行くんでしょ」
涙に黒髪が貼りついた石野の瞳を、ユイは直視できなかった。
「あなたたちは探偵なんかじゃない。ただのハイエナよ」

事件を"消費"する者という意味で、石野の「ハイエナ」という言葉の切っ先はユイだけでなく読者にも向けられているように思えて、身が竦む。

その先の真の解決編については、さすがに未読の人もいる場で話すわけにはいかないが、ある意味「ミステリー小説の原罪」とでも呼べそうな問題にぶち当たったユイたちの選んだ結末は(これだけ容赦ないネタバレをしておいて言うのもなんなんだけど)ぜひ直接その目で確かめてもらいたいと思っている。

ただ最初にも書いたとおりの知名度なので、小さな本屋では取り扱ってなかったりすることがほとんどだろう(実際、店員に尋ねたら怪訝な顔をされたこともある)。地域によってはすぐ入手するのが難しいかもしれないけれど、お近くの大型書店が営業を再開した暁にはぜひ探してみてほしい。

* * *

最後に。

(ここまで読んでいただき、ありがとうございます。このnoteの内容はすべてフィクションであり、実在する作家・作品・事件とは一切関係ありません。)


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