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「菊慈童」返信1/前世の記憶で繋がるふたりの往復書簡

愛する毬紗さん

『菊慈童』、事前に解説して頂き堪能できました。ありがとうございます。

実際に鑑賞すると、謡本を読み通しただけでは掴みきれない魅力が詰まっていますね。舞台芸術はやはり一期一会、生の舞台を体感しないと。

この能楽を楽しむ上で鍵となる、穆王(ぼくおう)が護身として慈童に伝授した、法華経の以下の二句、 

慈眼視衆生(じげんししゅじょう)
福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)

私なりに簡約すると、「生きとし生けるものを大切にせよ、そうすれば福が広大な海のように集まってくるものだ」。

これは時代が乱世であったことを考えると、武力暴力に訴える統治を間接的に否定する、魏の文帝のみならず、周より後の歴代王朝へのメッセージとも受け取れます。

クライマックスの慈童の舞いは、白い菊と山吹色の装束との、雅な色彩の瞭然たる対比が眩しいほどに美しく、一方で慈童は決して大胆に幸福の喜びを表現することなく、静かに、厳かに、自分の感情を抑えながら。七百年の時を生きてこそ実感できるであろう僅かな喜びと、少なからずの感謝と、内面に潜む悲哀が混在しているように思えました。

その悲哀は永遠とも言える生を生きることの辛さであり、終わることのない戦乱による犠牲であり、不老不死を信仰する道教に対するアンチテーゼであり、法華経の教えを無言で語っているようでもありました。能楽の一つの魅力は、これらの多面性を、余計なものが削ぎ落とされた舞台空間で表現できることなのかもしれない.. そんな思いを抱きながら能楽堂を後にしました。

近々また別の演目を鑑賞してみようと思います。

あなたのために言葉を紡ぎたい、敬彦より


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