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「菊慈童」/前世の記憶で繋がるふたりの往復書簡

愛する敬彦さん

中国の乞巧節(きっこうせつ)である七夕の日に、同じく中国の伝説をもとに創作された能楽「菊慈童」をご覧になるとは、浪漫あふれることですね。

「菊慈童」は、周の穆(ぼく)という王に寵愛された侍童の慈童が、王の枕を跨いだ罪で宮中を追い出され、山奥へと流刑された物語です。荘厳華麗な暮らしを与えられた幼い童が、雨露をしのぐ術も持たぬまま形影相弔の身となる。なんて寂しいことでしょう。

物語はその慈童が、魏の国の文帝に支える廷臣たちの前に、七百年の歳月を生きた不老不死の仙人として登場するところから始まります。なぜ不老不死になったのか。それは慈童が流罪される別れの際に、王が自身の形見にと、枕へ法華経の偈を記したことが縁起となりました。王の記された偈を慈童が菊の葉へと書したところ、その葉から雫が滴り、不老不死の薬となりました。

王に愛されるということは、人の目も嫉妬も集めます。無邪気な童のこと、ついうっかりと枕を跨いでしまったのでしょうけれど、それは見逃してもらえませんでした。
ですが慈童は流刑された後も、王のことも、枕を跨いだことを告発した人をも恨むことなく、清らかな心で法華経の偈を頼りに暮らしたのでしょう。
人の徳の有り難さが、気高い菊の花の姿に重なり、まるで慈童が菊そのものに思えてしまいました。

そして慈童は廷臣たちの前で清明に舞い、魏の文帝に長寿を言祝ぎます。金蘭の装束が菊の花弁を透した光のごとく美しく輝き、舞台は千秋万歳を寿く色に染まります。

菊の花の香りは、生命力の強さを感じさせる重さがあるように思います。たった独り、清涼に咲く菊の花のように、王への愛を抱き続けた慈童の心の生命力を、ぜひ堪能なさってくださいませ。

あなたを想う言葉で錦を織る、毬紗より


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