Project U/0 #002

#002 龍の憂


"501研究室"

扉の横の壁にはそう記されている。
ここがこれからアズマの研究室となる。

アズマは扉に近づく。
するとピピッという音が鳴りデバイスが認識される。
ほどなくして、扉が開いた。

研究室内は非常にシンプルだった。
学校の教室くらいの広さの部屋にデスクが一つある。
壁の一面は本棚になっている。
向かい合う壁はガラスだろうか、窓にも見える。

そして、一つ置かれたデスクに人が座っていた。

アズマはそれを認識した途端、感覚が研ぎ澄まされ、気を引き締めなければならないと思った。


「失礼します。」


アズマはそう声かけ、軽く頭を下げ、研究室内に足を踏み入れた。入るまで気づかなかったが、思ったより天井が高い造りになっている。

すると、デスクに座っていた人影は立ち上がり
アズマの方はゆっくり近づいてくる。


「はじめまして。アズマくん、君に会いたかったよ。ようこそ、501研究室へ。」


そう言葉を発しながら、彼はゆっくりと微笑んだ。
その目元に刻まれた皺や何か悟ったような表情を浮かべる姿から、アズマには彼が60歳前後に見えた。スーツの上から白衣を羽織っている彼こそ、クジョウである。


「はじめまして、本日より内部に配属になりましたアズマと申します。お役に立てるよう尽力致しますので、宜しくお願い致します。」


アズマはそう伝えると、今度は深々と頭を下げた。


「君がここに来るのをずっと待っていたんだ。とても優秀だと聞く。勤続期間が足りていなかったから些か不安だっだが、君が優秀なおかげで推薦が通ったよ。ありがとう。」

「クジョウ博士から推薦をいただいていたんですね…ありがとうございます。」

「君の噂は内部まで届いていたから、どうしても私の研究を一緒にしてみたかったんだ。老人の最後の楽しみじゃな。」


そう言って、クジョウは心底楽しそうに微笑む。


「自分がお役に立てる分野でしたら、最大限協力させて頂きます。」

「そうだね、宜しく頼むよ。ところでもう昼食は食べたかね?」

「まだです。」

「じゃあ内部の案内も兼ねて、とりあえず昼食にしようじゃないか。」

「ありがとうございます。ご一緒させてください。」


お互いの距離を測りかねているのを感じ取ったクジョウはアズマを食事に誘うことにした。


「内部の食堂は外部とはまた全然違うんだよ、まあ外部には40年近く行っていないから現状は知らないんだけどね。」


クジョウは得意げに話す。


「あまり食堂を利用したことがなくて…自分もわかりかねます。」

「そうなのかい、食事はいつもどうしていたんだい?」

「食事が好きではないです。無駄にカロリーを摂取してしまう分、非効率的ですし栄養素が取れていればいいので…。」

「そうか…君の優秀さは私生活からも成り立っているのかもしれないな。たまには普通の食事もしてみようじゃないか。何か発見があるかもしれない。」

「…そうですね、よろしくお願いします。」


クジョウはアズマの中にある何かを感じ取った。
それは一見暗い様に見えるが、それだけではない気がした。それを垣間見れるのはいつになるだろうか、と考えた。

彼の生い立ちを知ることは立場上、可能だ。
だがきっと彼はそれを嫌がるだろう。
誰だって話したくないこと、例えそれがやましい事でなくてもひっそりと心に留めたいこと、誰にも触れられたくないことがあるんだ。

それを無理やりこじ開けようとするから歪む。
私は何度も間違えて来た。
今度は間違えるわけにはいかない。今度こそ。


「(君しかいないのだ。君になら託せるかもしれない。身勝手な老いぼれの最後の希望が君なんだよ、アズマくん。)」
 

クジョウは真っ直ぐアズマを見据えた。
戸惑う様な表情を見せるアズマ。

「博士…?」

「ああ、それじゃ移動するとしようか。早くしないと混んでしまうからなあ。」


クジョウは隣に並ぶアズマを見る。
冷淡に見えるが、きっとまだ何か抱えている。
きっと君にもレイが必要な筈なんだ。


(そうだろう、レイ。)



❯❯

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?