Project U/0 #001

#001  楼に上って

案内された先には大きな扉があった。
古い書物にあった、羅生門が現代にあれば
このくらだったのだろうか。
来るものも去る者も拒むような
重厚な扉がアズマの前に鎮座している。


「この先が内部施設となります。私の案内はこちらまでです。あとはデバイスに従った行動をお願いします。」


続けるように「失礼します。」と一礼すると
案内役の研究員は来た道を戻っていく。
アズマは左手を見つめ、
軽く握ったり開いたりを繰り返した。
もう違和感は全くない。

デバイスを起動させるため、
左手を扉の横の空いている壁にそっと当てる。
すると視界に数枚のモニターや文字列が現れる。


「中身のシステムU/Iは外部のものとあまり変わらなさそうだな...。」


視界に映るモニターに目を配りながら、
アズマは問いかける。
音声認識システムが作動しているので
肉声でのやり取りが必要なようだ。


「内部施設への扉を開錠願いたい。」


フォン、と新しいウィンドウが視界に移る。
そこには"扉中央の研究所マークにデバイスを翳せ"と記されている。

扉は研究所に似つかわしくない無骨な金属製で
いかにもここに大事な何かが隠されています、と言わんばかりであった。
国家機密レベルの施設がこれでいいのか?と考えながら
アズマは約30メートルほどありそうな扉の中央へと向かう。

そして指示通り扉中央にある手のひらほどの研究所マークに左手を翳す。
すると、ピーっと左手をスキャンするような音がなる。
アズマはそっと手を離した。

しかし、一向に扉が開く気配はない。
それでいて視界のウィンドウには"認証成功"の文字が並んでいる。
アズマはどうしたものかと周囲を見渡す。

ここは入って来たの扉から通路になっており、他に扉や道はない。
何か隠し扉が開いたような気配もしない。
もう一度、研究所マークに触れてみれば
デバイスに何か表示されるかもしれないと、手を伸ばす。


しかし、手は扉に触れることなく研究所のマークを飲み込んでいった。
いや、手ではなく扉に手が飲み込まれているのだった。
さっきまで硬い金属の扉だったのに今はまるで
それが幻覚や蜃気楼かのように、そこに何も無いようだった。

アズマは一瞬驚いた顔を見せたが、
すぐに状況を理解しそのまま自らの足を進める。


「認証することで実体化ホログラムが一定時間透過性のホログラムに変わる仕組みか。」


以前、コンピューター上で作られたホログラムを
実際の金属で再現するという論文で読んでいたが
こういう風に応用されているとは思わなかった。

アズマは自分の知らない知識に喜びを覚え
また一つ新たな技術を知ることでこれから先の研究への期待が膨らんだ。


扉は分厚く壁の厚み自体も10メートル、
高さも20メートルをはありそうで
実際に実体化ホログラム硬化している際には何か有事の際には
様々なものから守ってくれるような頼もしさがある。

一方ですべてを包み隠し、圧し潰すような閉塞感も感じる。

そして、壁の中は暗闇であった。
アズマはぼんやりとした灯りにの方へ導かれるように
歩くと扉の終わりか一際明るい光に包まれた。
暗闇に少し目がなれてしまったようだ。

瞬きするとそこはいくつもの道に分かれた廊下が立ち並んでいる。
その上を2,3人の研究委員を乗せたステップが通り過ぎて行った。
タイヤもついていない板が廊下を滑りながら人を運んでいた。

研究員たちはみな熱心に仕事について話しているようだったが
その声はまるで馴染みのない言語で、脳の片隅から多言語の記憶を
アズマは引っ張り出そうとしたが知る限りの言語には当てはまらなかった。


「(もしかしたら、研究ごとに独自の暗号に変換した言語で他のチームへさえも情報漏洩を防ごうということだろうか...)」


外部施設でさえ、守秘義務のある研究が多かったのだから
ここがより一層管理に厳しくてもおかしくはない。
改めてここが国お抱えの施設の最重要施設だと改めて認識した。
まず施設で3年働き、更には功績を挙げ内部からの推薦は
そう容易く受けることが出来ないものと自負しているため
スパイ対策にも十分ということに、アズマは納得した。


アズマはフジサワの言っていた501研究室に行くことを思い出す。

デバイスがあれば辿り着けると言われたのを思い出し
止まっているステップに乗ると付属したモニターに左手を翳す。

モニターに静かに文字が表示される。


"501研究所"


「(ああ、ここだ。確かクジョウ博士のところと言っていた気がする。)」


ステップは身体に全く振動が伝わらないほど
ゆっくりと動き出すと徐々に加速していく。
様々な研究員とすれ違い、いくつか研究室の扉が視界を流れている。
アズマは"501研究所"でどんな研究携わることが出来るのか
そして、研究室の責任者であるクジョウ博士について考えを巡らせる。


「クジョウ、クジョウか...随分前に読んだ論文のクジョウ氏と同じだろうか。」


期待を込めた独り言もステップの速さに取り残され流れていく。
どれだけの角を曲がったか分からなくなって来た頃
ステップのモニターには"まもなく到着"の文字が表示される。

アズマの心には不思議な気持ちが差し込んでいた。
不安のような期待のような、それでいて諦観にも似た感情は
今持ち合わせている言語で言い表すこと困難そうだ。

「(きっと少しでも多くの研究に貢献すること、それが近道に違いないんだ。)」

アズマは左胸ポケットに入っているロケットを生地の上から握った。
忘れてはいけない何かを噛みしめるように、祈るように。
そんな表情だった。

アズマはフジサワの言葉は振り切るように、呟く。


「モモセ...兄ちゃん、きっとうまくやるからな」

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