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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について。 No.18

以前に、SARS-CoV-2の感染スピードに科学が追いついていないと述べた。しかし研究者はこの間、手をこまねいていたわけではない。懸命の解析が世界各地で行われ、次々と結果が発表されている。近年、生命科学が格段に進歩していることが実感される。

急いだためもあって質の低いデータも多かったが、比較的信頼性が高くSARS-CoV-2との闘いに大きく資するような成果も徐々に出てくるようになった。科学側の巻き返しが始まっている。ごく最近アメリカの研究グループが報告した、SARS-CoV-2に対する人間の免疫応答の詳細な解析はそういった重要な成果のひとつである。(論文へのリンクはこちら。 論文内容を解説している日経バイオテクの記事はこちら。)

このグループは、2015年から2018年の間に収集され凍結保存されていた健康人の血液中の免疫細胞が、SARS-CoV-2を認識するかどうかを初めて解析した。その結果、驚くべきことに約半数の人の免疫細胞がSARS-CoV-2を認識した。免疫細胞が「敵」を認識することで免疫が成立するので、このことはSARS-CoV-2に対してその人達は免疫がある可能性を意味する。

この時期にSARS-CoV-2はまだこの世に存在していない。恐らくSARS-CoV-2と形が似たウイルスに感染した際にできた免疫記憶によってSARS-CoV-2も認識できたのだろう。これは交差反応と呼ばれる現象で、免疫応答ではしばしば観察される。

実際、調べた全ての人について免疫細胞がSARS-CoV-2と近縁の4種類の風邪コロナウイルスのうち3種類を認識することも判った。つまり、風邪コロナウイルスに対してできた免疫がSARS-CoV-2にも有効であるかもしれないのだ。

日本を含む東アジアの一部でなぜか致死率が低いと言う謎に対して、武漢以前に弱毒性SARS-CoV-2がその地域で密かに流行していたため免疫ができていたのではないかという仮説があることを先に紹介したが(note 13)、もしかしたら風邪のウイルスに対する交差反応で説明できる可能性も出てきた。

なお大阪大学の宮坂名誉教授は、子供が感染しにくい原因として学校において風邪コロナウイルスが蔓延して生じた交差反応性の免疫があるのではないかと推測されていた。

この結果を受けて、早急に日本でも、武漢以前と以降について、健康人の免疫細胞の解析をなるべく大規模に行うべきである。前回のnoteで述べたように、低致死率の謎の解明はワクチン開発を含む我が国の今後の対策立案上必須であるからだ。

このグループは、COVID-19を発症したが入院せずに回復した軽症者20名についても調べている。全員の血液中にSARS-CoV-2に対する抗体と、抗体産生に関わる免疫細胞の出現が確認された。また14人に、ウイルスに感染した細胞を殺すキラー免疫細胞ができていた。

すなわち、SARS-CoV-2に対する強い典型的な免疫応答が人間に起こることが確認されたことになる。当たり前では無いのかと思う人もいるかもしれないが、免疫が成立しないウイルスも世の中には存在し、SARS-CoV-2についてもその懸念が囁かれていた。もしそうであればワクチンが無効になるが、これである程度安心できる。

またこれらの軽症患者の免疫細胞は、SRAS-CoV-2のを構成する全てのタンパク質を認識していたが、特に表面のSタンパク質に対する応答が強力であった。現在世界でワクチン開発競争が行われているが、計画の多くはこのSタンパク質に対する抗体を作らせるようなワクチンの開発を目指しているので、それが的外れで無いことを判ったことも良いニュースである。

これらの研究成果を報告した論文は、権威ある学術誌において審査を受けパスしており、私も読んでみてデータの信頼性は高いと感じた。もちろん、今後複数のグループによってさらに多くのサンプルについて検討される必要はあるが、COVID-19戦線に一筋の光明が差したと言えよう。

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