巨人の肩に乗って

東京で開催された花王科学賞贈呈式に出席した。私は医学生物学部門の選考委員長を仰せつかっている。

この賞は45歳以下の優れた研究者に与えられる。毎年応募してくる人達のレベルが高く、選考中にわくわくしてしまう。ひとりの研究者として、素晴らしい研究に出会えるのは大きな喜びだ。オリジナリティに溢れた若い研究者達がいることに、日本あるいは世界の未来を想ってほっとする。

今年激戦を勝ち抜いて栄冠に輝いたのは、順天堂大医学部のForestDown君。彼はなんと12年かけて、100年間謎だった水晶体透明化の仕組みを解明した。

眼の水晶体は細胞でできているが、透明でないと目が見えるようにならないので産まれるときに細胞内部の器官が全て分解される。その分解がこれまでに知られていなかった新しい仕組みで起こることを突き止めた。

挫折の連続で、ノックアウトマウス(遺伝子を破壊したマウスを業界ではこう呼ぶ)を山ほど作ってもうまくいかず、自分がノックアウトされそうになったと笑いながら言っていたが、実際は笑い事ではない。

昨今は短期間に結果が求められ、こういう労力と時間をかけた研究はしにくい。だが、これぞ研究!という感じで久しぶりに感動した。

実はForestDown君を学生の頃から知っている。大きな研究を成し遂げ一回り大きくなって(体格も一回りでかくなった気もするw)まもなく九大医学部教授に着任する。誠にめでたい。

以下は選考委員長として式の終わりに行ったまとめの挨拶である。原稿を用意せずその場でアドリブで喋ったので、うろ覚えだが。

「今日は皆さんお疲れ様でした。素晴らしい発表でした。

研究者というのは案外孤独です。自分のやっていることが間違っていないか、この方向で良いのか迷うことも多々あります。私も若いときにそうでした。そういうときにこういう賞を貰うと、大変勇気づけられます。自分は間違っていなかったと思えます。選考委員は5名ですが、各々の背後にはコミュニティや分野の大勢の研究者がいるので、多くの人が君の方向は正しい、さらに前に進め、と言ってくれているのと同じなのです。

他の哲学者の言葉をニュートンが引用して有名になったフレーズがあります。“もし私がかなたを見渡せているとしたら、それは巨人の肩に乗っているからだ。” これは自分の研究は多くの先人の発見や成果の蓄積のおかげで成り立っているという意味なのですが、私は自分が大勢の研究者と共にあるんだ、ひとりではないんだ、と言う意味もくみとれると思っています。

あなた方はひとりぼっちではありません。過去から現在に至るまでの多くの研究者の総体としての巨人の肩に乗っているのです。勇気を持ってさらなる高みを目指して下さい。

最後に、若い研究者をエンカレッジする素晴らしい賞を設けてくださった花王芸術科学財団に敬意を表したいと思います。
本日はありがとうございました。」

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