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わたしがわたしであること

 「自分が自分として存在しているということをどうしたら証明できるのか、そもそも証明することは可能なのか。」という問いを、ある人から投げかけられた。あまりにも大きな問いなので、考えを巡らせるにはかなりの時間を要することになりそうだ。おそらく答えはすぐには出ないけれど、「わたしがわたしであること」の部分について、今ぼんやりと頭の中にあることを言葉にしてみようと思う。

 わたしをわたしたらしめているものは何だろう。それは例えば、女の子であるとか、24歳であるとか、日本人であるとか、何が好きかだとか、属するものや肩書きが挙げられるかもしれない。それらたくさんの要素が組み合わさり、わたしの存在は認識されることになる。(と私は感じている。)
 ただ、こうして並べてみたわたしの要素に少し違和感を覚えるのは、これらがわたしの本質的な部分にはあまり触れていないように思うからだ。全ての要素にはいくつかの選択肢があり、わたしはその中からわたしという人間に当てはまるものを選んで肩書きとして外側に貼り付けている。一つ一つの要素にはわたし以外の人も属しており、わたしだけがもっているわたしはなかなか見つからない。

 「わたしは〇〇である。」ということは、「わたしは△△ではない。」ということと同じである。「わたしは女の子である。」ということは、「わたしは男の子でもそのほかの性別でもない。」ということだ。「わたしは24歳である。」ということは、「わたしは1歳でも14歳でも100歳でもない。」ということだ。何かであると言うことは、つまり同時に何かではないと言っていることになる。世界中の存在からわたしという個人を特定するためには、「日本に住んでいる24歳の女の子で…」のように属性を並べていき、わたしに辿り着く過程で、おそらくわたしではない存在を把握することが必要になるのだろう。わたしがわたしであるためには、わたしは他の誰かであってはいけない。
 デカルトの言った、"我思う、ゆえに我あり"のように、私はわたしが存在していることを自分で実感を持って知っている。ただ、「わたしがわたしであること」をくっきりとした輪郭をもって証明するには、わたしではない何かが他にあることを明言しなければならないみたいだ。わたしだけのわたしは、私の何となくの感覚のみでしか説明することが出来ない。そしてその感覚は、わたしだけしか知らない。「わたしがわたしであること」は、わたし以外の存在や比較する対象なくして明らかにすることは出来ないのだろうか。わたしという人間は本当はわたし一人では存在することがままならないくらいにものすごく曖昧な何かなのかもしれない。この世界には、くっきりはっきりとした輪郭を持つ存在はもしかしたら無いのかもしれない。

 大学生のころ、レポートを書くときに少しだけ窮屈な気持ちになっていたのを思い出す。それは、レポートを書く上でのルールがいくつかあるらしいと聞いたからだ。覚えているものを挙げると、"私は"とあまり言わない方がいいとか、"〜と思う"はレポートらしい表現に言い換えた方がいいとか、例えばそういうルールがあったと思う。客観的で理論的な考察に基づいた文章を書いたり、他にも、物ごとを批判的な(クリティカル)な視点から捉えることは私の苦手な分野だった。ルールに則ったレポートの文章を書くときの私は、いつもまるでブカブカの靴を履いて背伸びをしている小さな女の子のようだ。
 評価を気にせずに、自分で選んだ言葉を使って文を書いてみるようになった今は、むしろレポートで使ったら赤を入れられてしまうようなうやむやな表現を好んで使う。("たぶん"とか"かもしれない"とか"気がする"とか…)私の考えていることの根拠を強く持つために、何かを批判することもできればあまりしたくないなとも思う。(今のところ)
 色々なことを知って、考えたり感じたりすることは楽しいけれど、何か断言できるような意見を持つことはいつになっても出来ない。考えや気持ちはいつだって暫定で、結論が出ることはずっとないから語尾は不確かにしておきたい。

 曖昧は見えにくい。曖昧は掴みにくい。曖昧はモヤモヤする。だから、丸くてフワフワしている曖昧な自分を私たちはよく線のくっきりとした角のついた入れものに入れてしまう。そうしないと、存在のおぼつかなさに不安になってしまうのかもしれない。
 本質を見ようとしても本質はなかなか見えてこない。見ようとするほどに分からなくなる。この問いにも結論は出なかった。ただ、答えを出したり存在を認識するために消してしまったあわいによって、ますます見えづらくなるものがあるような気がする。つき進むほどに何かが溶かされていくことを、あまり恐れずにいられたらいい。存在の証明は、外側を固めるのではなく、内側にある何かを探すかたちで考えていけたらと思う。

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