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男の子にも女の子にもなれなかった頃の話

低身長、童顔、黒髪。
幼い見た目がずっとコンプレックスだ。

26歳という、いい大人な歳になった今でも「大人っぽくなりたいなあ」と思っている。けれど、かつてはこの感覚にかなり苦しんだ。


私は「男の子になりたい女の子」だった。

 

 

小さい頃から、私は母の着せ替え人形だった。母がかわいいと思う服だけしか持たされず、買い物に行っても全て母が選んでいた。(当時、自分で好きな服が買えるほどのお金と強い意志はなかった)

 母か好むのは、「ザ・女の子」な感じの服。ピンクのカーディガン、フリルの膝上スカート、レース襟・袖のシャツ、真っ白のふわふわしたワンピース、先の丸い赤の靴…。

そういう服を着ている自分に違和感しかなかった。

それでも、周りのひとは「かわいいね」「似合ってるね」と言ってくれた。
ただのお世辞で、本気でそう思っているわけじゃあない。そうわかっていても、「かわいい女の子」をやっている自分を嫌いになっていった。

 「こんな気持ち悪い女の子なら、いっそ男の子になりたい」。
そう思って、近所の年上の男の子たちから、着れなくなった服を譲ってもらって着ていた。特に、黒い服や、いかにも男の子が着そうなデザインの服を。

けれど、そういう服を着ると大人からは「みっともない」と言われ、男の子のように扱われた。一方で、同級生からは「おとこおんな」と呼ばれ、排斥された。「女がいると遊べない!」と。

私は男の子にも女の子にもなれなかった。

 

高校生になったある日。いつもとは違うショッピングモールを訪れたとき、あるマネキンが着ていた服に一目惚れした。

表はハッとするほどの青、裏は黒の無地で、全体的に透け感のあるシャツ。花柄なのに甘すぎず、攻めたデザインのスキニー。 

なんてかっこいいんだろう。
しばらくそのマネキンを見上げて立ち尽くしていた。


「ご試着してみますか?」 

あまりにじっと見ていたせいか、店員のお姉さんが声をかけてきた。

「い、いや!でも!こんな良い服、とても似合わないです…」 

尻すぼみになりながらうつむく。童顔だし、背も低いし、どうせ似合わない…。
追い討ちをかけるように、合流してきた母が後ろから言った。

「この子にこんな服似合わないですよ。それより、もっとかわいい感じのにしなさい。」

「………」

 ああ、やっぱりそうなのか。気持ち悪い女の子にしか、なれないのだ。男の子にもなれない、かわいい女の子にもなれない、中途半端な…。

「そうですかね?似合いそうですけど…着るだけ着てみられたらいかがでしょう?」

 店員のお姉さんは、明るくさらっとそう言って、私を試着室に押し込んだ。うろたえている間に、先ほどの服が一式手渡される。

 「え、あ、あの…!」

 「絶対お似合いですから、着てみてください!」

 ひそひそ声で、お姉さんはいたずらっぽく笑った。シャッと閉められたカーテンの向こうで、何やら文句を言っているらしい母の声が聞こえる。だが、私をここからつまみ出すほどではないらしい。

お姉さんが母を宥めている声を背に、私は恐る恐る服に袖を通していく。

 袖を腕が通り、布が背中をふわりと包む。パンツに包まれた脚が、いつもより細く、締まって見えた。
服を一通り着て、目の前の鏡を見る。

腰まであろうかという黒く長い髪で、小柄で童顔な私。でも、今までで一番しっくりくる自分だった。

 (気持ち悪く、ない、かも)


「いかがですかー?」

 あの明るいお姉さんの声がする。私は慌ててカーテンを開けた。

「やっぱりすごくお似合いじゃないですか!素敵ですよ!」

お姉さんのまぶしいくらいの笑顔と、下劣なものを見るかのような母の顔が対照的だった。
私が反応できずにいると、お姉さんはささっとバレットを持ってきて、私の長い黒髪を纏め上げる。何度か髪をねじって、後頭部で留めた。

「ほら、すっごくオシャレ」

鏡の中の自分と目が合う。
そこには、別人みたいにスッキリした顔の私がいた。

これだ。これが、「私」が着る服なんだ。
男の子にも女の子にもなれないと思っていたけれど、それ以外にはなれるかもしれない。そういう私でも、いいのかもしれない。

まばたきもせずに鏡をじっと見ていると、背後からしかめっ面の母が、機嫌悪そうに声をかけてくる。

「ほんま変やわ。全っ然似合ってへんし、はよ着替えや」

 この服を着る前なら、その言葉にうなだれていただろう。でも、今はもう、この服に出会ってしまった。

「私」がアガる、この服に。

 

その場では母に引きずられて帰ることになったが、後日私はひとりで再びその店に行った。
なんとか取り置きしてもらい、お金をかき集めて、3週間後にやっと買えた。お姉さんとお店のご厚意のおかげだ。


大学生になって、一人暮らしを始めた頃、やっとその服を着られた。長かった髪もバッサリ切って、ショートに変更。
それまで着ていた「ザ・女の子」な服に対しても、「それは私が着る服じゃあない」と言えるようになった。

 それ以来、「童顔でかわいい」とはあまり言われない。身長が150センチだと言っても、「意外!そんな小さく見えない」とさえ言われた。

それからは、パイソン柄の靴を履いたり、ビビットグリーンのイヤリングをつけたりもした。もちろん服も、思い切りの良い色やデザインのものを好んで着ている。
ユニークなデザインや思い切った色の服が、本当は大好きだったんだと気づいた。

とは言え、全身エキセントリック!…とまではできない。キレイ系の服に、ちょっと攻めたデザインのものを加える程度だ。まだまだ、小心者はところは残っている。

出かける前は、選んだ服を鏡で見て「変かな…」とちょっと不安になることもある。けれど、テンションが上がるんだからいいんだ!と思い切って外に出る。
それが出来るようになっただけでも良かった、と心から思う。

最近は、もっと思い切って髪のインナーカラーを金色にした。黒髪ロングだった頃とは、もう別人だ。


実年齢より下に見られることは、やっぱり多い。それでも、ずっと嫌いだった自分を、少しくらいは、許して受け入れられつつある気がするのだ。

こうやって、少しずつ、「自分への呪い」を解いていこう。

男の子も女の子もやめて、「私」になっていこう。

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