漫画『作りたい女と食べたい女』に見る、恋愛の味わい方

ゆざきさかおみの人気漫画『作りたい女と食べたい女』（こちら）、通称「つくたべ」の実写ドラマ・シーズン2が1月29日（月）から放送開始ですね（こちら）。私は漫画の連載開始当初から読み続けており、「食」をめぐる女性たちの在り方に涙したり勇気付けられたりしています。

主人公の野本さんは料理が大好き。しかし一人暮らしで小食のため、ボリュームのある料理やお菓子を作ることができず、悶々としています。
野本さんが住むマンションの部屋の隣の隣に住むのが春日さん。食べることが好きで、その豪快な食べっぷりは周囲が見入るほど。
また「料理を見るのも食べるのも好きだけど、作るのは嫌い」と言い切るのが、野本さんの料理のファンでもある矢子さん。
そして野本さんと春日さんの間の部屋に引っ越ししてきたのが、人前で食べることが苦手な南雲さん。家族とも何やら葛藤がありそう。

ここで「作りたい女」と「食べたい女」だけでなく、「作りたくない女」も「食べたくない女」も登場します。こうした女性の多様性に目を向ける作品が生まれることを嬉しく思っていると、SNSでこんな意見を目にしました。

恋愛に興味がないような素振りだった主人公が、好きな人ができた途端に思考がお花畑になってしまった。こんなストーリーは女性を馬鹿にしている。

なるほど、なるほど。私の率直な感想を申し上げますと、「恋愛は正気ではできない」。これは女性でも男性でも、ヘテロセクシュアルでもゲイでもレズビアンでもパンセクシュアルでも同じです。恋愛している最中の浮かれっぷり、舞い上がりっぷり、一喜一憂する様は、とても正気の沙汰ではありません。私がそれを実感したあるエピソードをご紹介します。

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その人は大学進学と同時に塾講師のアルバイトを始めました。水が合ったのか、熱心な先生として有名でした。ご本人も「生徒が『こんなに成績が上がったよ！』と、目を輝かせながらテスト用紙を持って教室に駆け込んで来る、その瞬間の笑顔が何よりも嬉しい」と仰っていました。先生は手腕を買われて、大学卒業と同時にアルバイトから正社員として塾に入社。このまま塾を盛り上げて行くのだろうと周囲に思われていました。

ところで、先生は大学卒業と同時期に「恋人ができた」と話してくれました。そこから日常の雑談が恋人の話題一色に変わって行きました。「恋人とどんなところに行ったか」「恋人がどんなことを言ったか」「恋愛とはどういうものか」等々。
私は小テストを採点しながら「へえ～そうなんですね～」と聞いていたのですが、その年の6月、突然先生は出勤しなくなりました。「夏期講習の予定を組み始める時期なのに、どうしたんだ！？」と慌てる塾長宛に、先生からこんな電話が。

「恋人と一緒にいる時間を増やしたいから、塾を辞めます」

私は驚き、先生と会う機会があった際に聞いてみました。
「せっかく4年も講師を経験して入社したのに、辞めて大丈夫なんですか？」
「恋人と一緒にいる時間の方が大事だから」
「じゃあ他の仕事をするんですか？」
「ううん。恋人が働いているから、自分は恋人の家で帰って来るのを待つんだ。そうしたらずっと一緒にいられるじゃない」
「6月末まではどうするんですか？」
「有休を消化しながら恋人の家にいるよ」

収入より、評価されている仕事より、生徒の笑顔より、結婚するでもない恋人との時間が優先されるのか・・・。私はただただ呆然としながら、先生の新生活への夢を聞くしかなかったのでした。

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さて、「つくたべ」の話に戻ります。人を好きになることが人生に複数回ある人、1回しかない人、まったくない人、さまざまなセクシュアリティの人がいます。しかし人を好きになった場合の恋愛真っ最中の行動は、正気ではやっていられないと私は確信しています。さんざん長電話した後に、

「じゃあ３、２、１で切ろうね」
「うん、分かった」
「じゃあ３、２、１」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「電話切ってないじゃーん♡」
「そっちこそー♡」

というあの痛々しいやりとりすら、恋愛の味わいのひとつです。「これまで人を好きになったことがないクールな野本さん」が人を好きになった途端、人格が変わったように甘々デレデレになる様子は、むしろリアル過ぎて胸をえぐられます。「つくたべ」は恋愛の味わい方すら、じっくりコトコトと現実を描写する作品なのです。

野本さんも友人の女性たちも、セクシュアリティに悩んだり、家族との関係が悪かったり、周囲から期待される女性らしさに苦しんだりしています。そんな多様な女性たちが「食」を通して穏やかに友情や愛情を育んでいく物語は、理想をじわじわと現実にしてくれるような、優しい勇気をくれるのです。

皆さまも、この機会に「つくたべ」をぜひご覧になってみてください。私も引き続き「つくたべ」を応援します！

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