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「努力は当然。報われないのも当然。」な肥育の世界に生きる、命輝かす牛飼い|生きる行脚#12@福岡

 僕は大学で学んでいることや「大学」という環境、自分の将来のことなど、いろんなことについてとにかくもやもやを感じていた。
 そんな中REIWA47キャラバンでの株式会社ポケットマルシェ(現:株式会社雨風太陽)のCEO、高橋博之さんとの出会いをきっかけに、大学3年生(2021年度)の1年間を休学し、日本各地で一次産業を生業とされている方の隣で一緒に作業をさせてもらう旅、「生きる行脚」をすることを決めた。
 生きる行脚とは、一次産業を生業とされている日本各地の漁師さん・農家さんのところに住み込みで1週間~1か月ほど滞在し、漁師さん・農家さんが普段やっているようなことを隣で一緒にやらせてもらう修行の旅である。
一次産業という産業のなかで物理的に命を扱ったり命と向き合ったり、一次産業を生業とされている方の生き様などを通して「生きる」とはどういうことなのかを感じたり、考えるため、2021年の3月8日(火)から2022年の3月28日(月)までのおよそ1年間、この「生きる行脚」を実施した。
 このnoteでは、この1年間で日本各地の漁師さん・農家さんのところへ行かせていただいたときに僕が見てきた景色や、僕が感じたことや思ったこと、考えたことを綴っている。


 「生き物を育てる畜産の世界ってどんな感じなんだろう?」と漠然と思い、ポケットマルシェのアプリの検索機能で「カテゴリーからさがす」を「肉」に設定して畜産農家さんを検索してみた。

 江口 幸司さん(今回お世話になった江口 豊作さんのお兄さんで、豊作ファームでは販売事業を担当されている。)という方の商品が画面の一番上に表示されていたので、何気なく生産者ページに飛んでみた。

自己紹介を見てみると、田んぼから出た稲わらを飼料として牛に与え、牛の糞を堆肥として田んぼに還元する「循環型農業」をしていると書かれていて、「大学の授業で出てきた循環型農業をやっているところを実際に見てみたい!」と興味を持った。また単純に、「牛はどんな風に育てられているのか、牛肉はどうやって作られているのか知りたい。」という想いもあり、ポケマルのメッセージ機能を通して研修のお願いをしてみた。

 すると、連絡を取らせていただいた8月下旬には研修を前向きに検討していただけることとなった。しかしコロナの緊急事態宣言や農繁期との兼ね合いもあって、調整に次ぐ調整を経て12月から研修をさせていただいた。


豊作わ牛だろ。


  豊作和牛を食べたら、「うんめぇ…」しか言えなくなり、おいしさの余韻でしばらくは言葉が出てこない。
密な筋繊維とサシが細かく入ったきめ細やかなお肉は噛んだ瞬間の歯触りが気持ちよく、うまみと甘みのバランスのとれた脂が舌の上でじゅわ~っととろけだす。また、有名な部位だけでなくホルモンまでもが濃厚なうまみの塊で、「黒毛和牛って、こんなにおいしいものだったんだ…。」と、改めてそのおいしさを思い知らされる。
 有明海を目の前に臨む水郷柳川の一角にある豊作ファームで育てられた豊作和牛は、そんなお肉だ。

豊作和牛。もうほんとに「うんめぇ~!」としか言えなくて幸せだった。
豊作ファームは有明海を臨むことのできる場所のすぐ近くにある。
写真からは伝わりにくいけど、雲の隙間から日が差していてきれいだった。


豊作和牛の秘密


 豊作ファームではとうもろこし・大麦・ライ麦・大豆油かす・大豆皮・とうもろこしかす・ビールかす・ふすまをブレンドした自家配合の餌を与えていて、大豆・とうもろこし系と麦系の餌の割合の調節によって絶妙なバランスの脂になるよう仕上げている。また、稲わらをふんだんに与えるのも餌の中身の特徴だ。牛は、反芻(:一度飲み込んだ食物を胃から口の中に戻し、かみなおして再び飲み込むこと。牛や羊などの反芻類の動物が行う。)によりアルカリ性のよだれを出して胃の中の酸度を保ち、胃の中の微生物量を安定させている。胃の中の酸度と微生物量が安定していると、餌の消化・吸収が良くなり順調な成長が期待できるため、常にわらを食べていつでも反芻できる環境を整えているという。

 また、豊作ファームでは小分けにして餌を与えるため、ただやるだけなら1時間ほどで終わるであろう餌やりを、約3時間かけて行う。

 牛の消化・吸収は主に、牧草や稲わらを消化・吸収する際に行われる酢酸発酵と、穀物飼料の消化・吸収の際に行われるプロピオン酸発酵により成り立っている。粗飼料(牧草や稲わらなどの、繊維質が豊富な餌。)も穀物飼料(とうもろこしや大豆、麦類、米ぬかなどの、たんぱく質や脂肪、炭水化物に富んだ餌。)もどちらもよく食べて2つの発酵がバランスよく行われることで肉付きや体重の増加率が良くなるが、肥育の場合はどうしても穀物飼料の割合が大きくなってしまいがちだ。そのため、小分けにすることで粗飼料もしっかり食べるようにしているのだという。

 さらに成長段階にも合わせて餌のやり方を工夫しており、生後10~15ヵ月の肥育前期には肋骨が張ってお腹が丸くなった筋肉質な状態にするため稲わらを常に置いておいて飽食状態にしておき、15~24ヵ月の中期には体重の増加量UPと筋肉中にサシの素が入るようにすることを意識して穀物飼料の量を増やす。そして、24~30ヵ月の後期には血液中のビタミン濃度が高くなるように餌を調整することでサシを大きくする。こんな風に、成長段階に応じた餌やりをすることで骨格がしっかりとした、肉付き・肉質のいい牛に育つのだそうだ。

 そして、豊作さんは餌やりの最中にも、「ヨイヨイこいこい。」とか「来な来な。」と牛に声をかけながら餌をやる。豊作さんいわく、多くの動物は絶対音感を持っているため餌やりのときに声をかけることで牛が声を覚えて餌を食べるときの合図となり、無意識に餌の方へ寄ってきたりよだれを出すようになったりして、条件反射的に餌を食べる準備が整うようになることを期待してやっている、とのことだった。

牛に穀物飼料をやる豊作さん。「ヨイヨイこいこい」と牛を呼び寄せながらやる。
餌を食べる牛。僕が声をかけてもあまり寄ってこなかったのに、豊作さんが呼ぶとかなりの確率で餌を食べに来ていて、「牛って本当に人の声を覚えて聞き分けているのかもしれないな。」と思った。


命輝かす牛飼い、江口 豊作さん。


 何も知らない(見ていない)人には、豊作さんがやっていることは「お金のため」と思われるかもしれない。だけど、2週間豊作さんと一緒にいさせてもらって、豊作さんが牛と接しているところを見たり話を聞いていた僕は、そうじゃないんじゃないかな、と思った。
 豊作さんは、「利益を得る」とか「お金を稼ぐ」っていう人間側の都合よりもそれ以前に、それよりももっと前にある、「牛の命を預かっている・牛の人生を握っている」っていう当たり前とか前提を大切にしていて、「牛にとって自分はどんな人間であれるか」ということを一番に考えているようだった。

 僕が研修へ行かせてもらったとき、水を飲んでいたときに他の牛にぶつかられて角が折れ、水を飲むのがトラウマになって自力では水を飲めない牛がいた。そんな牛に対し、豊作さんは1日数回顔の近くで水の入ったバケツを持っておいてあげて気が済むまで水を飲ませてあげていた。
また過去には、翌日が出荷予定の肺炎にかかった牛を寝ないように(寝かせてしまうとそのまま意識が飛んで亡くなってしまう可能性があるため。)一晩中付きっきりで起こし続けたこともあったし、獣医さんからは「経済的なことを考えれば諦めた方がいい。」と言われた尿石ができた牛をどうしても諦めきれず、亡くなることが薄々分かっていながらも治療費を払って延命のために手術をお願いしたこともあったという。(一般的には、お肉になれない=お金になれない経済動物は治療を施しても治療費がかさむだけなので、延命のために治療を施すことは多くない。)

 餌やり中の声かけについても、「周りからからかわれようが、何と言われようがやる。それをやった方が絶対に牛にとってはいいから。」と豊作さんは言っていた。

 豊作さんは牛が大好きで、仕事がひと段落ついたり終わったときにぼんやりと牛を眺めている時間が好きなのだという。
病気で亡くなってしまったら、何も残らない。ただ飼って死なせたことになってしまう。経営のことよりも「牛には牛の人生を全うしてほしい。」っていう想いが大きいから、普段と牛の様子が違うと豊作さんは心配になってスマホですぐに調べる。
 だから牛飼いになって7年がたった今でも、病気などで牛が亡くなると「たった1つの役目を果たせさせられなかった…」というやるせない気持ちとか「命あるものを死なせてしまった…」という喪失感や怖さに苛まれ、「自分には牛飼いという仕事は務まらないんじゃないか、向いてないんじゃないか。」と自信を失くしたり、自分を疑わずにはいられなくなることもあるという。

 豊作さんは生と死の狭間にいて、常日頃その複雑さや難しさと向き合っていた。

「最後にはお肉になる牛。そのたった一つの使命を持って生まれてきた牛の人生を、最大限全うさせてあげたい。」

この想いが豊作さんのなかでは何よりも一番にあるのだと思う。だから、豊作さんが作るお肉はこんなにおいしくなってるんじゃないかな、と僕は思った。

餌をやり終えてから牛を眺める豊作さん。ど素人の僕にはよく分からなかったけれど、「リズムと雰囲気」を見ているのだそう。


見えているものと、内側

 
 「肥育(肉牛の生産は主に、母牛に子牛を産ませて一定の大きさになるまで育てる「繁殖」と、市場(しじょう)で子牛を競ってきてお肉になる大きさに成長するまで育てる「肥育」に分けられる。)の仕事は、一頭当たり数十万円という大金をはたいて子牛を買ってもその牛の善し悪しで得られる利益が変わるし、世の中の動きや需要によって相場が大きく変動する、大金持ちにも大赤字にもなりうる仕事だ。だから、言ってみりゃ"ギャンブル"の世界だ。」
という話をここへ来る前に風の噂で聞いたことがあった。

 買ってきた牛がいかに高く売れるかで手元に残るお金が決まる。100万円近く出して良さそうな子牛を買ってきても伸び悩むときもあれば、全く期待していなかったような子牛がすごい牛に大化けすることもある。
 確かに、やっていることだけを見た人には、ギャンブルだと思われてしまうのかもしれない。

 だけど、馬券や舟券を握りしめて祈るだけの、スロットの前に座ってボタンを押すだけのギャンブルと肥育の仕事は、本当に一緒なのだろうか。
 毎日朝7時半過ぎから夜7時過ぎまで牛に寄り添って世話をする肥育の仕事を、本当にギャンブルと言えるのだろうか。
 ギャンブルに、これほどの労力を割く場面はあったろうか。
手間暇をかけて世話をするのは当然。でもそんな努力は報われないことが当たり前の世界。
 
そんな肥育の仕事はギャンブルとは違うんじゃないかな、と僕は思った。

日が沈んで辺りが真っ暗になってからも餌をやる豊作さん。肥育の仕事はこれを365日、いや牛を飼っているうちはずっと、文字通り「休みなし」でやらなければならない。


 また僕は、「ギャンブルに近いことを生業にしているから肥育農家は気性が荒いし、目の前にいる牛をお金としか思っていない。」という話を聞いたこともあった。
 だけど、先に書いたように江口 豊作さんという肥育農家さんはまったくそんなことなく、「牛から見てどんな人間であれるか」ということを一番に考えている人だった。

 だから、外側から見えている姿と、実際にそれをやっている人の想いとか姿勢といった「内面」には大きなズレがあって、それは、内側に入って実際に自分で感じてみないとわからないのだということを強く感じた。

カメラを向けたらふざけ始まった豊作さん。真面目だけど、ユーモアに溢れた一面もある(笑)。


<番外編> 「素直に生きる」って、難しい。


 今回、豊作さんという人に会って、話を聞いたことで、豊作さんのすべてをわかったとまでは言わないけれど、ライフストーリとか想いを知ることができたし、「肥育」っていう仕事についても身をもって感じたことがあったと思う。
 でももし豊作さんと会わず、話も聞かず、実際に肥育の作業もやらずに噂で聞いた話をそのまま受け止めていたら、僕は、「肥育っていうのはギャンブルみたいな仕事で、それをやっている肥育農家さんはお金にシビアで、気が荒い人なんだ。」なんてとんでもない偏見を抱えて生きていたかもしれない。

 言われたことに「そうですね。」とか「そうだと思います。」と言っていい顔をしていれば、相手には「いい子だね。」「素直だね。」なんて言ってもらえるかもしれない。実際、突っかかったり食ってかかったりしないで流れに身を委ねる方が楽だし、何より、そうやって褒めてもらえると気持ちがいい。
 だけど僕は、そんな風にしてて実際とかリアルって見えるのかなって思う。人それぞれ感じ方は違うんだから、自分の目で見たり自分の耳で話を聞くっていう、確かめることが必要なんじゃないかな、って思う。でもその「確かめる」って、相手を信頼してないってことになっちゃうんじゃないかな、っても思う。だから、「素直に生きるってなんだろうな、難しいな。」と思った。


 度重なる日程調整にお付き合いいただいたり、温泉やみかん狩りに連れて行っていただいたり、立ち入ったお話を聞かせていただいたり、めちゃくちゃおいしいご飯を作っていただいたりとここには書ききれないほどたくさんのことをお世話になりました。豊作さん、瑞穂さんをはじめとする豊作ファーム・江口家のみなさん、2週間本当にありがとうございました。

 福岡は思っていた以上に行きやすいということが分かったので、またひょっこり顔を出しに行けたらいいな。


最後に、みんなで記念撮影したときの写真も載せちゃう。



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