サロンモデルになっていたかもしれない世界線
自分の人生において100%後悔しない選択をしたいけれど、どうしても、「もしこうしていたら・・・」と考えることがある。その内容を書きたいと思う。
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大学時代、ファッション業界に行きたいと猛烈に思っていた時期があった。
今も服は好きだが、とりわけ学生時代は服が好きでたまらなくて、毎日のように表参道に通って服を見ていた。今となってはよく飽きなかったなと思う。
毎日表参道闊歩をしているうちに、ファッションスナップや、美容師さんに声をかけられてヘアモデルの撮影などをちまちま行うようになった。
「ちまちま」と表現したのは、モデルといってもファッション雑誌に小さく載ったり、コアなファッション好きしかみないwebサイトに載ったレベルだからだ。
撮影を通じてファッションについて知られることが多かったので、当時の私にとってはありがたかった。
そんな私に、美容雑誌で1ページ載る撮影の話を持ちかけられた。
私は大きく載ることが嬉しくて、すぐにOKと返事を出した。
美容雑誌特有の突飛なヘア準備は想像以上に驚くことが多かった。
髪を刈り上げられたり、強めのパーマを当てられる、などなど。
「1ページ掲載のため・・・」と不安な自分に蓋をして撮影に臨んだ。
撮影現場には6人の女の子たちがいた。
その中でも撮影枚数の優劣があり、私は下層だった。
カメラマンに「すごく笑って!!!」と言われ、一生懸命笑顔を向けた。数枚撮られ、私の撮影は一瞬で終わった。
美容雑誌が出版された。
ドキドキしながら開いたら、とんでもなく醜い自分がいて驚いた。
作り笑顔がすごく、目も笑いすぎで細くなっていて、自分ではないようだった。
恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、その美容雑誌を捨てた。撮影ももうしたくないと思った。
ある日、美容雑誌の撮影を行った美容師さんから留守電が入っていた。
「◯◯誌のサロンモデルをお願いしたいです!△日の×時が可能かどうか連絡ください」といった内容だった。
◯◯誌は私がよく見ていた全国のファッション誌だった。
作り笑いがすごくて、数枚の撮影で終わった私になぜ声をかけるのかさっぱり分からなかった。
しかも、撮影日は行かないと留年になってしまうテストと重なった。
私は撮影を断った。
後日◯◯誌を開いたら、美容雑誌の撮影にいた6人のうちの1人が掲載されていた。その子は他のファッション誌でも掲載されるようになっていった。
撮影はもうしたくないと思ったはずなのに、
「掲載されていたのは私だったかもしれない」と後悔の気持ちがふつふつと湧き上がってきた。
しかし、留年をしてまでサロンモデルになりたかったわけではない。
どうしたら良かったのか分からなくて涙が出た。
その後もちまちまサロンモデルをしたが、ファッション誌に載るほどの案件は来なかった。
結局違う業界に興味が出てしまい、今は違う職種で働いている。
私の代わりでサロンモデルとして羽ばたいた子も、いつの間にか雑誌から消えていた。
それでも、断ったあの撮影に行っていたら今どんな自分がいるのか、まだ気になっている。