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「なんか思ってたのと違った」出産の話①

何を根拠に自信を持っていたのかわからないけど、うまくやれると思っていた。つるんと、すっぽんと、安産に違いない、いや安産にしてみせる。私ならできる。

世の中ものすごい産むのが大変なケースがたくさんあるのはよーくわかっている。72時間続く陣痛に疲れ果ててやっとの思いで産んだ友達、陣痛からひととおり頑張ったけど赤ちゃんが大きくて最終的に緊急帝王切開になったいわゆる「フルコース」の先輩。難産といえば命に関わるケースさえあることはみんな何かしらの形で知っていると思う。

たぶん、安産ではあった。出産一部始終

私の場合は予定日を過ぎて5日後に誘発分娩をすることでお産が始まった。まだ出る気がないらしい赤ちゃん&出す気のない子宮コンビの尻をたたいて出産を「始めた」と言い換えてもいい。入院して2日間お薬を入れ続けても陣痛にエンジンがかからず痛くならず、完全に拍子抜け。付き添ってくれてる夫や母、様子を見に来てくれる病院のスタッフに「全く痛くない、しいて言えば生理痛くらい…?」と答えるのも、産婦らしくなくて面白くなかった。もっとのたうちまわるほど痛いんじゃないんですか。思ってもない罵詈雑言を口にしちゃうんじゃないんですか。痛みに耐えに耐え抜いてすっぽんと産むつもりだったのに。ポカーンとしてるところから、最終的に痺れを切らした病院スタッフに人工破膜(器具を使って破水を起こすこと)されてからやっと産婦っぽい痛みがやってきた。

破水の後は確かに痛かったけどこちとら数十時間のたうちまわる痛みを覚悟してきてるわけで、「いきんでいいよ!」と許可が出たらよっしゃ来たと気力充分で分娩台で踏ん張る。気付けば仰向けになった私の周りには上がった脚を抱える女性のスタッフふたり、陣痛が来るたびに腹筋みたいなクランチの体勢にするため上体を持ち上げサポートしてくれる夫、おなかの上から赤ちゃんをぎゅうきゅう押し出そうとする院長、出口で待ち構える理事長、というものものしい体制に。でも出てこない。っていうかおなかって押していいんだね!?

んーちょっと赤ちゃん苦しそうだから、吸引分娩にするねと言われて掃除機みたいな音がする中、わわわーっと長男は出てきた。ほぼ全く痛みのなかったところから人工破膜して2時間半の猛ダッシュ出産。もちろんいつの間にか会陰切開されている(切られた瞬間の記憶はある。噂通り陣痛でほんとにそれどころじゃないと思った)。
バースプランでお願いしてたカンガルーケアは申し訳程度に胸に乗っけられておわり。切開された跡をちくちく縫われる。縫われながら産道まで裂けちゃってる(!)ことを知らされる。ちなみにこのお股はお薬つきのパッドをあててもらったけど退院する日が来ても腫れ上がったままで今思うと本当にかわいそうな状態だった。

産まれてから2時間後、分娩台から産後過ごすための病室に移動(自力で徒歩!)する途中で生まれて初めて貧血を経験、1ヶ月分の鉄剤が処方された。どうやら出血が多かったらしい。母子手帳の出血欄の「多量」に丸がついた。

でもわたし安産だった。命に関わるようなことはなかったし、痛い時間短かったし、とお祝いに来てくれる友人たちに武勇伝のように話しまくった。
産後ハイでしたねー。

「なんか違う」と思えたのは産後かなり経ってから

出産武勇伝を友人に語り尽くし日々成長する長男がおしゃべりできるようになった頃第二子を妊娠した。およそ2年後である。
長男出産後引っ越しをしたので、新しく通う産婦人科および産む場所を探さなくてはいけない。近くにどんなところがあるか調べながらふと思ったのだ。

「前回と同じようなのは嫌だな…」

安産だったはずなのに、私は満足してなかった。

体が望むタイミングで産めなかったことに。

何が起こってるのかわからず、病院の人に言われるままリードされて産んだことに。

確かに安産と言っていいお産だったし、初めてにしてはよくやったかもしれない。「子供が無事生まれて母子健康である以上に何を望むのか」というド正論にあえて、わがままと言われようがなんだろうが

もっと自分の意思が尊重されるお産がよかった

と思ったのだった。


長くなってきたので、こちらに続きます。


この記事の私に案内されるのは心配かもしれないけど(笑)、上記の経験を踏まえて練った出産準備講座をオンラインで行っています



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