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一八の思い出 byがりは(2019.10.14)

国道171号線沿い、阪急宝塚線蛍池の駅前にナイキの「スウッシュ」マークが掲げてあって、何なのか気になっていた。
赤字に黒で。
大学に通うのに駅前は通らないし、阪急に乗る時も線路沿いの道を進むとその店の前を通らないのだが、ニッショーで買いだめする時など目に入る。
絶対にNIKEじゃないだろうし。
でも行くほど興味もないし。
二年くらい気になっていたのに入らなかったのだが、勇気を出して入ってみるとそこはラーメン屋であった。
「一八」という。
スウッシュに見えたのは「一」の部分であった。
後に仲良く口を利くようになった親爺に文句を言ったところ
「看板よぅ見てみぃ。」
と言う。
よく見ると信じられないくらい小さく右下に「八」と書いてある。
「見たか。一か八かや。」
「なんで八小さいん?」
「一出た方がええやろが。バチでたら目も当てられんで、ほんまに。」

澄んだスープの塩ラーメンが絶品で、いいことがあると食べに行くようになった。
(普段はご飯と卵とキムチと納豆と梅干に魚を焼くくらいの食生活だったので、だいぶごちそうだった。)
その時大学の周囲は「花月」「王将」「天下一品」などのこってりしたラインナップだったので、澄んだ塩はとても新鮮だった。
「よそのラーメンは薬ばっかりや。ドーピング。あんなん一口目はめっちゃくちゃおいしいけど、一杯飲んだらもう味わからんなるで。ほな一口だけにしとけ、言うねん。もったいないから。」
「おっちゃんどうやって作ってんの。」
「おっちゃんの塩ラーメンはおっちゃんの汗と涙と」
「いやいやいやいや」
「ほほほ。それくらいのことはしとんねん。うまいもんは手ぇかけなあかんねん。俺が全国食べ歩いてわかったんはそういうこっちゃ。」

ある日、頼んでもない餃子が出てきた。
「頼んでへんで。」
「ええねん。黙って食え。」
「いいの?」
「いらんのか?」
「いる。」
皿に醤油と酢とラー油を入れて混ぜる。
6切れの餃子を手前から一切れつまもうとしたら、くっついていてうまくはがれず、破れてしまった。
「おっちゃん、ごめん破れてもうた。」
「あほか。俺が今日一番うまく焼けたからお前にやったのに。なんちゅうことすんねん。餃子はな、たれ作ったら熱いうちに餃子にかけるの。かけたら一個一個に分かれるんや。食うたことないんか。」
もう一枚餃子が出てきた。
「また最高作品ができてしまった。今度はちゃんと食えよ。」
うまかった。

「なんでラーメン屋で一八なんよ。」
「いちかばちかやからな。」
「だからなんでそんな名前なんよ。」
「おっちゃんが最後から二番目の博打で買った金で始めてん。」
「へええ。ほな最後の博打は?」
「この店や。」

大学を出て二年後くらいに「一八」を訪ねたがもう店はなかった。
博打に勝って足を洗ったのか、負けちゃったのかはわからない。

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