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滝田栄さんと家康

仏教にこころを寄せる芸能人ということで、私が真っ先に名前を浮かべるのは、俳優の滝田栄さんである。
1950年生まれだから、私より8歳年上になる。
この方は千葉県印西市の出身で、成田高校の卒業である。成田高校は、成田山新勝寺の経営する学校であり、知らぬ間に仏教の教えに触れながら、滝田さんは少年時代を過ごしたのだろう。そもそも病弱なお母さんは、成田山に祈願して、滝田さんを生んだのだという。

滝田さんは1983年、NHKの大河ドラマ「徳川家康」で、主人公・家康の大役を演じることになった。その時、家康という人の人物像がつかめず、大きな壁に突き当たってしまったという。以下滝田さんの回想するところを見てみよう。

『全精魂すべて傾けてやろうと役作りに入ったのですが、家康という人物が全然分からないんです。その頃は、台本を読めば全てを理解できる、何でも演じられるコンピュータが僕の中に完成されていた。ですから他の役は分かるんです。信長も秀吉も義元も。彼らを演じているエネルギーの質まで、全部見えた。でも、肝心の家康が分からない。『い』の字も分からないんです。かっこ悪くて無様で──』

悩んだ挙句に、疾走しようかとまで考えたという。
思い余って滝田さんは、役作りのため、静岡の臨済寺にしばらく置いてくれるように頼んだ。臨済寺は、家康が少年時代、今川家の人質となって預けられていたお寺である。8歳から19歳までの11年もの間をここで過ごしたことになる(人質生活自体は6歳からの13年間)。家康が実際に暮らしていたのは別の場所であったらしく、臨済寺には学びに通ったり、時に泊まったりしていたというのが本当であるらしい。お寺の書院には今でも「竹千代(家康の幼名)手習の間」というのがある。

滝田さんは臨済寺に頼み込んだが、「ここは修行僧でも逃げ出すほど厳しい道場ですから、一般の方はご遠慮ください」とにべもなく断られてしまった。しかし必死に懇願して「そこまで言うなら」と許された。
静寂の気が張りつめた禅道場で、雲水さんたちと共に修行の生活を体験した。しかし家康像は一向につかめないままであった。
ある朝庭掃除を終えると、当時の師家であった倉内松堂老師(1905-1991)が、お茶に呼んで下さった。
「どうです、何かわかりましたかな」
「いいえ、考えれば考えるほど、分からなくなってしまいまして」
お茶をいただくと、一杯目は甘かった。二杯目は渋く、三杯目は苦かった。
「随分と味が変わるのですね」と滝田さん。
「甘い、渋い、苦い。この三つが揃って、人生の味わいなのです」
その時に滝田さんはこのように思ったという。

『家康の人生には甘も渋もない。苦の極みの連続です。それを超えて彼は戦国を終わらせた。常人では耐えられない艱難辛苦を耐えた。それは客観的にはかっこ悪いけど、我慢して一つ一つ超えて、最終的に不幸な時代を終わらせた。その凄さが家康なんだ。格好悪くて何が悪いんだ・・。そのことに気づいたんです。』

それから老師は、一枚の小さな掛軸を掛けられた。それは釈迦涅槃図であったという。涅槃に入ろうとしているお釈迦さまを囲んで、あらゆる生きとし生けるものが、涙を流している。
老師は静かに言われた。
「どうですかな・・。慈悲という、苦しみを楽しみに変えてしまう力を教えてくれた偉大な師匠が旅立たれ、皆が別れを惜しんで悲しんでいます。竹千代の師匠であった雪斎禅師は、竹千代にこの涅槃図を示して、こういう武将になれ、と教えたのではなかったでしょうか。いかがですかな。」

滝田さん、ここで閃くものがあった。
『そのとき、いつも黙って動かないが、遂に戦国の世を終わらせた家康の根本力がわかった。これさえわかれば、何をしていても、僕はもう家康でいられると確信を得た。それで、お礼を述べて、その日のうちに荷物をまとめて下山して、撮影に入ったわけです。』

滝田さんは、それまでの仕事に一区切りが付いた2002〜2003年にかけて、思い切って南インドのアンダラ州に入り、インドの修行者たちと共に本格的な瞑想の生活を実行した。
その2年間で何がわかったのかとある人に聞かれると、滝田さんはしばしの沈黙の後、
「大発見をしたんです。オレは馬鹿だなあってことがわかったんですよ」
と嬉しそうに語った。
また別のところでは、こんなことを言っておられる。
「実体としての自分を磨きぬいていくことの大切さを悟った。
実体としての自分を浄化してきちんと生きることに徹していかないと、人生が芝居で終わってしまう。
実体をきちんとしなければいけないとはっきりとわかった。」

禅寺に飛び込んだり、インドで瞑想したりと、何かと私と共通点が多い滝田さんである。
長野県の八ヶ岳の麓に暮らしながら、今も仏教の活動を続けておられる。
公式サイト http://www.takitasakae.jp/profile.html

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