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情けは人の為ならず

よく誤解されて理解されている諺に「情けは人の為ならず」があると思います。

他の人に情けを掛けると、その人が人に頼るようになってしまい、その人のためによくないので人に情けは掛けすぎない方がいい、というのが間違った使い方。本当の意味は、「他の人にしてあげた良い行いや助けは、巡り巡って自分によい報いが戻ってくる」です。

最近、息子との会話でこの「情けは人の為ならず」について話したので、その時の気づきについて書きたいと思います。

私は現在、ドイツの地方都市に住んでいるのですが、私たち家族が暮らしているのは、全部で5世帯が入る小規模な集合住宅です。

この小さな集合住宅内では、日ごろから付き合いもあり、日本でいうところの醤油を貸し借りするような仲で(ドイツなので、醤油ではなく、卵ある?とかバターある?とかそんな感じです)他のうちの子どもも預かったり、うちからも子どもが遊びに行ったりと、単なるご近所さん以上友人未満のような付き合いをしています。

5世帯(内1部屋は単身用で男性が一人暮らしをしているのであまり関わりはありません)といえども、自分とは違った人たちが住んでいる訳で。

綺麗好きな家庭があれば、そうでない家庭もあり、
住環境に気を遣う家庭もあれば、そうでない家庭もある。

先日、外にあるごみ箱(5世帯共用、ゴミ収集車はそのごみ箱に入っているものだけを回収してくれます)に大型の段ボールがそのままの形で突っ込んでありました。

紙ごみ用のごみ箱は2つあるのですが、その両方に雑然と段ボールが突っ込まれている。

勿論、蓋が出来ないので、雨が降れば雨水も入りますし、何より、他の人がごみを入れるスペースがなくなっている。(私の住んでいるエリアはごみ収集は大体2週間に一度です)

これは、今に始まったことではなく、以前からも「ただ突っ込む」という形でごみを出す家庭がいくつかあることは分かっていました。

今回も、その家の子どもがごみ出しを頼まれて、そのまま突っ込んだ形になっていたのでした。

それを見て、私が不快に思ったのは、ごみの出し方もそうですが、明らかに他の人のことを考えていない出し方をしているのに、その両親が何も言わない、何もしないで知らんぷりしていたことです。(恐らく、単に気づいていないだけです、興味がないから)

一方的に責めるつもりもありません。
ただ、重きを置いているポイントが違うだけなので。
でも、共同生活を行う中で、最低限の気遣いは必要なのではないかなぁ?と思います。

自分がごみを出そうとしたら、いっぱい(容量に空きはあるけれど、段ボール箱が突っ込まれた形で入っていて他のものを入れるスペースがない状態)だったら、イラっとしないのかなぁ?それを自分たちが他の人たちに向けてしているという思考にはならないのかなぁ?と。

その有様を見てから、しばらく、何となく感情的に引きずってしまいました。こういうとき、気づいてしまった自分が、色々手を出してしまうのですが、それこそ、間違った意味での「情けは人の為ならず」、相手が気づかないままの現状を作りだしてしまうのかな、と頭の中でぐるぐる考えました。

・・・該当の家庭は、些細なことでぐるぐる考えている人間(私)がいるなんて、想像だにしないでしょうけど(笑)

色々ネガティブに考えることも嫌だし、そのような状態(ごみ箱)のままにしておくのも嫌なので、子どもたちを誘い出し、一緒に、大型段ボールを引っ張りだして(入っていたのは1つだけではなかった 苦笑)、手で小さくちぎっていきました。みるみるうちに生まれる空きスペース。はじめはぶつぶつ言っていた子どもたちも、そのうち、楽しみだしました。

最後は圧縮するために、下の子にコンテナに入ってジャンプしてもらい、終了。

見た目も、私の心もすっきりしました。

相手の気づきが~なんてことは、おこがましいこと。
そして私が責任もつことでもない。
それぞれの人の在り方や特性、なんなら人生に何を望むか、ですから。

ついでにぐちゃぐちゃだった自転車置き場兼倉庫も子どもと3人で掃除しました。

ずっと気になってはいたものの、
「いつも片付け・掃除するのは自分なんだよなぁ」という悔しい思いもあり。(ここら辺、私も十分小物なんですが)

自転車を外に出し、床をほうきで掃いて、床に散らかった遊び道具を棚に片付けたり、子どもの数以上にあるキックボードを整列したり。

そのとき、息子にはこう話しました。
「誰に頼まれたわけでもないし、誰からお礼を言われるわけでもないかもしれない。もしかしたら、今、こうして私たちが一生懸命片付けてこの空間が綺麗になったということすら、気づかれないかもしれない。でも、この行いを見ている存在がいるからね。日本ではお天道様が見ている、って表現するんだよ。だから、人がやらないこと、気づかないこと、やりたがらないことでも率先してやるとね、いつかは巡り巡って自分に帰ってくるからね。」

・・・まさに、情けは人の為ならずです。

別に見返りを期待してやっている訳ではないですし、下心が生まれては本末転倒ですが、この世の中には、そうした不思議な力の循環があることは確実だな、と思っています。


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