「しかたがない」という(無)思想

仲の良い友人がコロナに感染した。5日前から39度近い熱が出続け、寒気と味覚異常が続き、入院もできないまま今も自宅で苦しんでいる。東京は6日連続で200人を超え、医療現場は第一波にもまして疲弊し、士気を失っているという声をあちこちできく。基本再生産数R<1には程遠い。

感染者はこれまで比較的少なかった愛知でも増えているけど、特に名古屋市がほとんどで、感染経路は東京からの移動者が多くを占めているようだ(そして、やっぱり入院できない)。都市封鎖直前に実家に帰省して感染を広げてしまったイタリアの例になんで学ばなかったんだろう。当初から緊急予算を検査体制の拡充と医療手当に振り向けていた大村知事に比べ、的外れなリコールにかまけて公衆衛生を怠っていた河村市長の虚を突かれた感じだろう。


…にも拘わらず、街中をみると3か月前とは打って変わって、「あえての楽観」が急速に広がっている気がする。

この空気、この四連休でのSNSのTLをみるとよく分かる。かなりの人が外食、飲み会、旅行、ハーベキュー…。もう我慢の限界だと言わんばかりに…

「外に出るなといっても、仕事あるんだから仕方ないじゃん」
「どうせ誰も助けてくれないんだし」
「感染しちゃってもしょうがないよ」
「どうせあなたには移さないから関係ないじゃん」


こんな発言を幾度となく聞いた。なんか、ここ半年の迷走に、国民がヘンに「慣れて」(=過剰適応)しまっている気がする。それを自己完結させるのが「しかたがない」という魔法の言葉である。まるで3.11の事故直後みたいに。


――起こってしまったんだからしかたがない
あの時でたらめな「安全」報道した科学者も、傍観者的に叩いていた評論家も、それに飲み屋談義で加担した学生たちも、政治的なアパシーもこの心理状態でぜんぶ説明できる(脱原発はそのせいで潰された。これは何度でもいうぞ)。しかしこの「しかたがない」という言葉、「自己責任」という言葉とひじょうに相性がいい。

――コロナに罹ったらそれは自己責任なのか?
経済活動を停止しなければ感染拡大の危険があるというとき、経済活動の停止を可能にするような社会基盤を整えることが国や自治体の役割だ。求められるのは「呼びかけ」でも「立ち入り検査」でもない。

もちろん、検査と隔離(これはリスクの事前調整/事後調整に対応する)で徹底的に封じ込めることも行政の役割であるし、このような情報は、初歩的な感染症の知識をもっていなくても、3月以降のニュースを拾ってきて国際比較をしさえすればすぐに手に入る。


それらが求められている状況にも関わらず(専門家の助言を無視するどころか懐柔し…※1)予算を出し渋るのはもはや責任放棄であり、国家や社会の存在意義の否定である。金森修氏の言葉を借りれば「旧ソ連よりひどい棄民ぶり」といったところ。根本にあるのは80年代以後のわれわれをずっと蝕む「新自由主義」という妖怪、公務員や教育委員会への敵視と切り捨てという体をとった、国家の縮小。国鉄民営化・・・構造改革・・・アベノミクス・・・二重行政・・・都構想・・・われわれはいかにそれらしい言葉に踊らされてきたことか。

(※1)与党自民党と、参考人である尾身茂氏の関係に顕著である

教科書的な話で恐縮だけど、18世紀のヨーロッパは、一方では国王の専制を排しながら(国民主権)、もう片方で17世紀のバロック・科学革命で生まれた合理主義を「知識の公共性」によって徹底するべく(啓蒙主義)、「社会」というものを発明した。この根幹にある思想が「国家との契約」である。この考えがあるから、税金を「国家への保険金」として考えることができる。だから、国が社会契約に違反する政策を行った場合は批判も抵抗もしてよいし(ロック)、凡ゆる政治家は社会全体の利益(つまり政治利益をこえた公共の福祉を計算して行動しなければいけない(ルソー)。

無論この考え方は近代憲法の理念そのものなので、われわれの社会(≒日本国憲法)にもビルト・インされている。しかし、いくら300年かけて練られてきた原則で公務員を縛っても、肝心の「雇う側」=国民の意識が緩慢だと、そのセオリーは機能しなくなる。そう、公務員を雇っているのは内閣でも大臣でも首相でもなく、ほかならぬ私たちなのだ。この前提を忘れてはいけない。
この問題は結局のところ「社会」という概念が日本に所在せぬことに帰結するんじゃないか。だからもともと日本に「社会」はなかったのだからこのままでいい、社会的な援助を受けられなくても「しかたがない」、その代わり自分に関係ない誰かは切り捨ててもいい、そういう発想は絶対に間違っている。

これでもいや罹ったら自己責任やろ、国に頼らずぜんぶ自助努力で何とかせい、と思うような人がいたら、今後いかなるときも「社会」ということばを金輪際使わないでほしい。事態はそんなところまで来ている。

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