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短編 / 掌編

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エコバッグに詰め込んだアイディアたち
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#オリジナル小説

夢の中のノンフィクション

「すごいです! 来生さん、挑戦されてるんですね」  麻生桃子が大きな声とまっすぐな眼差しで、来生(きすぎ)に言った。街の中の更に奥の路地にある小さなレストラン。来生はそこで仕事をしている。麻生桃子とはここで知り合った。仕事以外での関係はない。  麻生桃子が放った言葉の意味。それは先日来生が受けた映画のオーディションの事だ。来生はその映画の役を獲得するべく、その場に赴き、一次審査の書類選考をパスした後、二次審査の結果を待っていた。結果は合格だった。次は最終審査だ。あまりにも驚

掌編『ざわざわ』

 僕が初めてあなたに会ったのは雨の日だったね。  僕は仕事の帰りで広い車の中で快適に後部座席に身を沈めていた。そう、結構良い仕事をしていたんですよ。運転手なんてつくくらいのね。 土地の開発の為、森林の整備をする。この日全ての契約が纏まり、天気とは裏腹に心の中は達成感で一杯だった。  あなたはその日、誰かを待つように公園のブランコに揺られていた。 袖のない薄紫色のワンピースを着て黒くて長い髪をアップにして雨風に身を任せていた。洋服が雨に濡れてあなたの肌にしっとり張り付いていた

歩む

 校舎を出る際、陽射しが少し傾き、それでもなお残る暑さに面食らった。今日は誰とも話をする気分になれず、早退するかのような早さで玄関を出た。何となく外の空気が無性に吸いたかった。  ゆっくり一人で歩いていた僕のリュックに、後ろから誰かがぶつかって来た。中学生の頃、3年間同じクラスで仲が良かった歩(あゆむ)だ。今の高校でも偶然同じクラスになった。 「あ、ごめん。」 「おう。」 「もう帰るの? 早いね。」 「歩も……」  随分早く帰るんだな、と言おうとしたが止めた。 「ああ、うん