見出し画像

残り数時間で2021年が滅亡する小説

「いやー、終わってしまうなあ」

 遠山啓は年越し蕎麦を茹でながら独り言つ。普段は引き締まった顔で、表情の変化にとぼしい彼であったが、今は年の瀬の雰囲気に絆され穏やかな様子だ。

「この世界もまもなく終わる」
「なにゆってんの」

 テーブル席からあどけない声を飛ばしたのは、啓の息子の道来、今年で小学3年生だ。

「終わるのは2021年じゃん」
「そう、正解。だけど見方を変えたらどうだ、僕たちはこれまで365日間、2021年という名の世界の中でずっと生きてきた、そう言い換えられるんじゃないかな。だから今年の終わりって、一つの世界の終わりだよね」
「わかんな〜、ギャグにしても面白くないし」
「ウギャ〜〜〜手厳しいよ〜」

 親子談笑しながら、啓は茹で上がった麺を器に盛り付ける。道来の分は若干多めに、そうしないと間違いなく文句を言われるからだ。そして、もうすぐ帰宅するもう1人の家族の分は少なめに。

 それから啓は具材の盛り付けに取り掛かった。まずは鴨肉、だいたい2センチ幅に切られた鴨肉たちは、事前にオーブントースターで軽く炙られている。香ばしい。これを1人につき3枚......いや、道来は4枚だな、啓は己の分を1枚サービスしてやった。

 次は山菜だ。一見なんてことのない、スーパーの山菜パックだが、今年のそれは異変があった。これまで買い続けてきたメーカーの製品が、店からいつの間にか姿を消してしまったので、別のメーカーの物を買ったのであった。元より山菜を買う機会というのは少ない一家だったが、啓は世の諸行無常を感じ......

「なんかわざとゆっくり盛り付けてない?」
「いや流石にゆっくりすぎたか」
「なんでそんなことを」
「意味?特にないよ?」
「ないの!?」

 道来は一段と大きな声で返した。今日のパパは、なんだか様子がおかしいぞ。

「ああ、あえて言うなら"意味がないこと"が重要なんだ、日常の、何も特筆するべき点のない、つまらない出来事を、もっと有り難がらないとなと。こうして蕎麦を作る過程だって、そうだ」
「......わかったぞ、パパが何だか変な原因が」
「なんだと?」

 啓は息子の鋭い視線に緊張させられる。まさか、何らかの秘密を暴かれてしまったのでは......唾を飲んだ。

「酒の飲み過ぎ」
「耳が痛いよ」

 啓は恥ずかしげに、缶目のレモンサワーを隠す仕草をした。年の瀬だからといって羽目を外しすぎたか、あの人に何とどやされるか......その時、ガチャリとドアの音がリビングに届いた。啓は、まだ具を盛り付け終えてない内に、玄関の方へと向かう。

 玄関にはもちろん、啓の妻が立っていた。よれたスーツに身を包んで、疲れたとでも言いたげな様子だったが、それでも彼女は美しくら愛おしかった。それこそ、もし啓がこの小説の語り手となってしまえば、ひどく冗長になってしまうような......

「すまんな啓君、仕事納めが遅くなって」
「こちらこそごめんそのか、酒臭くて」

ルール
・舞台は2021年12月31日である
・他に制約はない
・むろん世界が滅びる事などありえない
・数字はローマ字でも漢字でも好きにしていい
・年の瀬なんだし、こういう都合のいい世界線が発生してもいいよね

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?