虚空太郎
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虚空太郎

 昔々ある村に仲の良い老夫婦が暮らしていた、ある朝その二人が妙に騒がしくしていたので村人達が様子を見に行くと、なんと子供が産まれたのだという。

 「ほぅら太郎や、村の者らもお前の事を祝っておるねえ」

 歓喜し高い高いの動きを繰り返す婆、その腕に抱くは虚空、翁が撫で回すのも虚空であった。遂に呆けたか、村人らは冷めた目であしらい、あるいは見向きもしなかった。そうしたある日、翁は村人にこう語る。

 「太郎は留守じゃ、なんでも山の向こうの鬼を退治するんだと、偉いのぅ」

 その二日後、山行中の山伏が一面に鬼共の死骸が横たえているのを発見する。骸はどれも体の一部分に穴がぽっかりと空いているという不気味な様であった、ともかく周囲の村落に平穏が訪れた。またある日。

 「今度は京の近くに巣食う土蜘蛛を懲らしめに行ったんだと、太郎はすごいねえ」

 翌日、街道にて商人を襲撃中の土蜘蛛が突然死する、目撃者曰く襲い掛かる土蜘蛛の巨体に穴ぼこが次々と空き斃れたという。噂は広まり、村人の中にも太郎の実在を信じる者が出始めた。そしてある大雨の夜。

 「山が崩れるので止めに行く、と太郎が言っとったわい、わしらぁこれで安心じゃ」

 翌朝、村の北方面を覆い塞がる山々が、消失した。村人達はいよいよ恐ろしくなる。

 太郎め次は何をする、あれの正体は奴らの呪術じゃ。恐慌、疑心、ある種の高揚とが村を支配し、それはやがて老夫婦の集団撲殺という凶行を引き起こした。死の間際、薄れる意識の中で二人が呟いた一言。

 「おお、おお、太郎が初めて怒っとる」「全てが憎い、じゃて……」

 それから、この村が滅びるのに幾許の時も必要としなかった。


 __


 「…惨い有様ぞ」

 破壊と殺戮の限りを尽くされ死臭漂う廃村を隻腕の老剣士が一人眺める。その背に掲げるは『日本一』の字がたなびく旗。額の鉢巻に輝くは桃印。

 「金時殿に報告せねば、これは天下の危機である、と」

 【To Be Continued】

 



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