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野海山宙球

 遥か昔の事、かつてバットという物は人の頭をブッ潰す為の凶器ではなく、野球なる平和的係争で用いられていたのだと、その爺は俺に語る。

 爺は腰から下の肉体をを失っていた。曰くデッドボールなるものを受けてこうなったらしい。今も夥しい血が流れ、この後楽園クレーターの泥に染みてゆく。それを横目に俺は、釘一本もない黄金色のバットを握り、立ちすくんでいた。今さっきそこの翁から渡されたブツだ。俺は問う。

 「なあ、いいのか爺サンよぉ、どこの馬の骨とも知らねェ野郎に、その野球ってのを託して」

 そうだ、俺がここにいるのは成行きでしかない。故郷が滅びて、何をするでもなくブラブラ放浪し、偶々ここに至っただけの男、なのに。

 「カカカ結構!オメーは若いがやる時あやる男だ、直感で分かンのよ」

 「だけどなぁ、俺はそもそも野球が何なのかすら……」

 「……西を見な、"来る"ぜ」

 瞬間、俺の右方をボールが超マッハで通り過ぎ、後楽園の窪を抉った。俺は振り返り、ボールを見る。

 「どうだ?あれが野球の球だ。あれをバットで向こうッ側に撃ち返すのが……カハッ!もう限界かァ」

 翁の声は聞こえなかった。俺はただボールを見る。似ていた。忘れもしない、アレは突然故郷のスラムに飛来して、俺の妹や仲間をグチャグチャに殺した。白地に特有の赤いラインが走った、片手に収まる程度の球。そうか、あれは野球のボールだったのか。西に向き直りバットを握り直す。アレの来るタイミングが、今度は手に取るように分かる……今だ!

 「セェエエエエエッ!!!」

 キン。振りかぶると、気持ちのいい音がした。ボールは一次関数を描き遥か空へ打ち返された。後ろで満足げに逝く爺の顔が映った。だが終りではない。このバットが魂に語り掛けてくれた、野球のルールを、何を為すべきかを!

 「これは、復讐だ!俺は代打として貴様等を討つ!」

 雄叫!そしてバットを置き全力疾走す!目的地は一塁の在り処、死都モスクワ!


【To Be Continued】

 

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