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先日、駅の地下道を歩いていたら、前を歩くサラリーマンの靴がカチカチと鳴っていた。よく見ると、かかとに金属が打ち付けてあって、それが床に当ってカチカチと音がしていたのだ。

この音を私もたてていたことがある。高校3年生の頃だ。

当時、1学年上の子が一人、卒業できずに留年してクラスメイトになった。留年理由は、うわさによると交通事故で、ボーイフレンドのバイクの後ろに乗っていて事故に遭い入院し、出席日数が足りなくて、ということだった。

髪は茶髪でパーマがかかっていて、制服はセーラー服だったんだけど、当時は丈を詰めるのが流行っていたので、上着は折り返してあり、中の下着が見えるギリギリくらいまで詰めてあった。逆にスカートは長く、くるぶしまであり、それは見るからにヤンキーで、彼女はとても目立っていた。

その彼女に、私はなぜか懐かれた。全然接点はないのに、休み時間になると寄ってきてだべったり、お昼もほかの友人を交えて一緒に食べた。今にして思えば、強がっているように見えて、彼女には他に居場所がなく、クラスメイトも遠巻きにしているようなところがあったのだろう。

私は別に彼女に特別親切にしたわけではなく、話しかけられれば話すといった程度だった。それでも、彼女には拠り所だったのかもしれない。

私が予備校に行くといえば、おなじ予備校に入ってきたけれど、彼女が進学希望だったのかどうか、覚えていない。隙あらば学校の授業をサボろうとしていたのに、どうして予備校なんかに行こうと思ったのだろう。

私にも授業をサボって喫茶店に行こうと誘ってきて、断り切れずに何度か一緒に学校を抜け出したこともある。彼女は自転車通学だったので、後ろの荷台に乗せてもらって二人で丘の上の学校から坂を下った。

夏休みに入り、私服で予備校に通うようになると、授業の合間にやっぱり喫茶店に誘われた。もう時効だと思うので言ってしまうが、彼女は喫煙者だったので、堂々と煙草を吸っていた。銘柄は忘れてしまったが、メンソール系だったと思う。ヘビースモーカーというより、カッコつけて吸っていたんじゃないかな。なかなか様にはなっていた。さすがに勧めてはこなかったけれど、私も面倒で注意しなかった。見つかったら停学は免れないだろうに、気にする様子はなかった。

とにかく、すべてにおいて投げやりな感じがして、それが何に由来しているのか、当時も今もわからないままだ。バイク事故のことも入院生活のことも家族のことも彼女は話さなかったし、私も聞かなかった。聞いたところで私にどうにかできることでもないだろうし、そもそも私は受験勉強で忙しかった。私たちは親友ではなかった。

彼女は私と友達ごっこがしたかったのだと思う。青春ごっこと言い換えてもいい。学校をサボり、喫茶店でコーヒーを飲み、予備校で勉強をし、ウォークマンのイヤホンを二人で分けて流行りの音楽を聴き、恋愛談義(今なら恋バナ?)をする。

私はそれに、自分がイヤでない限り、付き合っていた。どうしてだか今でもよくわからない。私は彼女に何の義務もないし、同情もしていなかった。現に、私は彼女の進学先も知らないし、卒業以来いっぺんも会ったことがない。

さて、話が長くなってしまったが、30数年前、ヤンキーは革靴のかかとに金属の薄い板を打ち付けていて、歩くときにわざとカチカチと音を立てて歩いていた。もちろん、彼女の靴にも打ち付けてあった。私は別にそんなことをしたくなかったんだけど、彼女との会話の流れでなんとなくやることになってしまって、たしか左右合わせて300円くらいだったと思う。彼女行きつけ(?)のお店で一度だけやってもらった。そこはヤンキー御用達の店で、制服の改造なんかもしていた。学ランの短ラン改造と裏地の刺繍、ズボンのタックを増やしたり、ボンタン(わかる?)にしたり、なんでもござれだった。

彼女は嬉しそうだったけれど、私はそうでもなかった。ふーん、という感じで、なるほどヤンキーとは自己顕示欲が強いのだなと思ったりした。自分の靴がカチカチと音を立てるのは、なんだか滑稽で、自分が自分でないような気持にもなった。彼女の靴は、先の細いぺったんこのローファーで、靴音もいかにもで合っていたが、私の靴は先の丸いワンストラップの学生靴で、どうみても似合わないのだった。

前からの友達は、私がどうして彼女とつるんでいるのか、ヤンキーみたいな音を立てるのか、不思議だったみたいだが、私はそんな自分を面白がっていた。受験勉強のストレスもあったのかもしれない。

きっと私は私で、将来に対する不安やらプレッシャーやらでもやもやしていたのだろう。

前を歩くサラリーマンの靴音で、30年以上も前の思い出がうわっと蘇ってきた。あの子は元気にしているだろうか。

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