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重なる才能 デュアン・マイケルズ『A Visit with Rene Magritte』

文・写真 assy

デュアン・マイケルズ(1932-)が近代シュルレアリスムを代表する画家、ルネ・マグリットのベルギーにある自宅を舞台に、マグリットやその家族を撮り下ろした記録を一冊にまとめた写真集。

アメリカ出身の写真家デュアン・マイケルズは、雑誌「エスクァイア」「マドモアゼル」などの商業写真のほか、1966 年にジョージイーストマンミュージアムで開催され、その後の写真家達にも影響を残した写真展『コンテンポラリー・フォトグラファーズ:社会的風景に向かって』にゲイリー・ウィノグランド、リー・フリードランダーらと共に選出されるなど、60-80 年代を中心に活躍。フォト・シークエンスと呼ばれる連続写真や、多重露光で撮影した写真に抒情的なテキストを添えて、ショートストーリーのように表現する作風で知られている。

いっぽう本書の被写体であるルネ・マグリットは、「画家」と聞いて一般的に想像するような、例えば身なりに頓着せず寝食も忘れて作品制作に没頭する…といったイメージとはやや異なる印象の逸話が残っている。朝は決まった時間に起床し、きちんとスーツに着替え、ビジネスマンのような格好でイーゼルに向かっていたのだそうだ。そして外にアトリエを持たず、寝室の横にある小部屋で作品を描いていたので、部屋のあちこちに描きかけの作品が無造作に置かれ、壁にも自身の作品が飾られていた。

デュアン・マイケルズ『A Visit with Rene Magritte』より

そんなマグリットを被写体とした写真集はブリュッセルの街並みを写すカットから始まり、ある屋敷のドアへフォーカス。開いたドアから黒いスーツに山高帽というスタイルのマグリットが現れる。数々のマグリット作品で象徴的なイメージとして描かれる「山高帽の男」。黒のスーツに身を包み、ある作品では林檎で顔を隠し、ある作品では 100 人以上に分裂し、雪のように住宅街に浮かぶ。当時の男性の一般的な格好であったという山高帽の男は、「日常」「平凡」の象徴として、その日常のズレを作品の中で表現するために描かれていたともいわれている。

昼と夜、時間や物の概念を絶妙に覆すマグリットの絵画が飾られた部屋の中で、絵画から現れたようないでたちの被写体、ルネ・マグリットが居間で書き物をしたり、眠るように横たわったりしている姿が次々に写し出されるのだが、マイケルズの作風とマグリット作品との親和性が高いからなのか、ページが進むにつれまるでマグリットの絵画の世界に迷いこんだかのような不思議な感覚に見舞われるのだ。

2人の間にはある共通点がある。マイケルズの作品は隅々まで計算された構図と画作りが特徴であり、それは写真家になる以前にアートディレクターとして活動していたことが影響していると考えられる。そしてマグリットもまた画家になる前、広告ポスターなどのデザインをすることで収入を得ていた。構図に対する両者のデザイン的なこだわりが、本書での2人のコラボレーションにおいて自然な親和性をもたらす効果の一つなのではないか。

マグリット後期を代表する作品の一つ、森の中で後ろ姿の山高帽の男が佇む姿が描かれた「レディ・メイドの花束」の前で、山高帽のマグリットが後ろ姿になり重なっている。ちょっとした騙し絵のようでもあるが、マイケルズはそれを一連のストーリーのように見せており、とても自然に「絵から現れた山高帽の男が、絵の中に還ってゆく」ように読みとることができた。

デュアン・マイケルズ『A Visit with Rene Magritte』より


写真集の冒頭では、マイケルズがこの撮影でマグリットの自宅を訪問した時の思い出を回顧したテキストが掲載されている。自身の写真家としての考えにも大きな影響を与えたマグリット作品に対する想いと、その作者に会うことができる興奮と緊張を「校長室に入る前の小学生のよう」と表現していたのは興味深く、そして共感した。

“ルネ・マグリットの家を探してミモザ通りの角を曲がったときの興奮は、今も鮮明に覚えています。”
“マグリットが実在するなんて、不思議な気持ちでした。私が尊敬する芸術家や詩人は、印刷されたページや壁に描かれた、絵の中にしか存在しない架空の人物のように思っていたからです。”

『A Visit with Rene Magritte』―デュアン・マイケルズによる回想テキストより(筆者による和訳)

訪問して1年半後にマグリットはその生涯を閉じ、彼とその妻ジョルジェットが眠る墓標を写したカットが写真集のラストを飾る。本書はデュアン・マイケルズの特徴的な魅力を味わえる作品の一つであると同時に、2人の芸術家のコラボレーションを楽しむアート作品であり、謎に包まれた画家の最晩年を写した貴重な記録作品でもあると思う。

写真集レビュー#3
デュアン・マイケルズ『A Visit with Rene Magritte』
文・写真 assy 

デュアン・マイケルズ『A Visit with Rene Magritte』(Steidl、2009年)
※1981年に刊行した同書の新版

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