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それぞれ、ねじれの位置にある、辺ABと辺DHと辺FGは、金曜の夜にだけ交差するものとする。

「村上!」
「はい」
「細田!」
「……はい」
「池田!」
「……」
「おい池田、返事は!」
「……っい」
「お前ら、受験生だって自覚あんのか!」
 生徒指導室の張りつめた空気の中、細田は頭を深々と下げた。
「すいませんでした!」
 村上の座るパイプ椅子がぎしっと鳴った。細田も村上の真似をして慌てて頭を下げたが、池田はうつむいたまま微塵も動かない。

「学校にゲーム機を持ってくるやつがあるかあああああ!」

 怒鳴り声が響く生徒指導室のドアが、カラカラと音を立てて開いた。
「せんせーぇ、りりか先輩がぁ、練習中に足怪我しちゃったみたいでーぇ、体育館に来てもらえませんかーぁ?」

 ドアの隙間から顔を出したのは、おそらくバレー部の一年生だろう。
「お前らはここで待ってろ!」

 ドアがぴしゃんと閉められ、生徒指導室に三人だけで取り残されてしまった。ふう、と細田が息を吐き、張りつめていた空気が一気にゆるんだ。
 
「村上がここにいるの、意外だわ」
 椅子に浅く座りなおしながら、池田が話し始めた。
「野球部の誰かはいるだろうなと思ったら、まさかのマネージャーだった」
「マジ最悪、持ち物検査するなんて予想外だったー……。うちの部、このゲーム超流行ってるんだけどさ、あたし、もともとゲーム好きだったから、誰よりものめりこんじゃって……。でも、池田くんの方が意外だよ。ゲームするんだーって感じ」
「俺、兄貴がゲームめちゃくちゃ好きなんだよね。それで結構ウチでやってたから」
「そうなんだ!でも、意外って言ったら、細田くんの方が意外かなあ」
 ゆったりとした手つきで眼鏡を持ち上げていた細田は二人の方を見ると、首を傾けながら言った。
「そうかなあ?意外?」
「なんか、こう、細田くんってフワフワしてるから、こういうモンスター倒すゲームとかしたことなさそうなイメージだったかもしれない」
「うーん、僕こういうの結構すきだよ?」
「ゲームしてるのはめっちゃ意外。でも、怒られてるのは、全然意外じゃない。昨日の生徒総会ん時、壇上で寝ててめっちゃウケたし」
「えー、気づかれてた?恥ずかしいなあ。池田くんも気づいてた?」
「俺、その生徒総会?出てないわ」
「その、さ、僕みたいな生徒会役員は、もちろん出ないといけないから、サボるとか考えたこともないんだけど、生徒総会とかって、サボれるんだね」
「昨日は昼メシ食ったあとこっそり帰った。朝ココに呼ばれて、そん時ゲームもバレた」
「だから急に持ち物検査入ったんだ!」
「やばーい」
「壇上で寝てる細田もやばいだろ」
「えー、だってあの前の日、僕ほとんど寝ないでゲームしてたんだもん。攻略サイト見ても攻略できなくて、途方に暮れてたー」
「あ、そのクエスト難しいよね。あたしもクリアできなくて、今朝二回死んでから登校した。悔しくて学校に持って来ちゃったらこの有様よ」
「あれ、俺は一発でクリアできたんだけど、攻略にコツがあって」
生徒指導室の扉が突然バーンと開き、三人の体が椅子から飛び上がった。
「今回は返すけど、二度と学校に持ってくるなよ!」
扉は再びバーンと音を立てて閉まった。

「コツ、教えてください」
「教えてください」
「俺、土日は一日中塾にいるって決めてるから、金曜の今日でもいい?」
「真面目だ」
「真面目だね」
「僕詳しくないんだけど、ゲームできるところ、どこかある?」
「あたしも詳しくない。うーん、駅前のカラオケボックスとか?」
「駅前は店員の巡回厳しいから、制服で入って余計なことしてたらすぐ学校に連絡入る。あの、商店街の先のカラオケ屋の方がいい」
「やっぱワルだ」
「ワルいね」
「俺チャリだけど、二人は?」
「あたしチャリ」
「僕、徒歩」
「俺の後ろ乗ってく?」
「えー、怖いしまた怒られそう」
「じゃあ池田君が細田くんにチャリ貸してダッシュだね」
「なんでだよ。俺が教えるんだろ?」
「だって、そもそも持ち物検査の原因、池田くんだし」
「そっか!荷物は僕持つね!」
「嘘だろ!」

 その後、いつしか、毎週金曜の夜になると、LINEのグループ通話を繋げながら、ゲームをするのが三人の習慣になっていった。

「池田くんが帰るときに、ちょうど会ったから西階段の踊り場でちょっと話してただけなんだよ。僕、委員会の前に購買で飲み物買おうとして、財布だけ持ってて。そしたら真っ青な顔した由美子先生が大勢の先生連れてきて」
「なんで?」
「由美子先生、僕が池田くんにカツアゲされてると思ったらしい」
「はーーー!ウケるーーーー!」
「俺ら二人で違うって言いまくってんのに、全然信じてもらえなくて、マジ大変だった」
「そう。僕が脅されて口裏合わせてるんじゃないかって思われて。僕たち、毎週金曜の夜に通話しながらゲームしてるんですー、めちゃくちゃ仲いいんですよーって、LINEの履歴見せて、それでようやく先生たちに納得してもらえた」
「あはは!最高!苦しいーおなか痛いー」
「村上、笑いすぎ!俺、学校では金とらねえし!」
「ワルだ」
「はは!ワルいねえ」
「俺、普通に真面目なんだけどな」
「腹筋痛いー!でも、確かに、けっこうこまめに回復とかするし、根が真面目なのよく分かるよね」
「そうそう。装備も攻撃もめちゃくちゃ計算してるもんね」
「ユウちゃんは可愛さ重視の装備だもんね」
「だってぇ、かわいくって、つよい女の子って、いいじゃん?あ、それより!村上さん、学校では細田くんって呼んでよね!」
「ごめん!その節は、ほんと、申し訳なさ過ぎた!」
「はぐらかすために、細田くんっていとこのユウちゃんにめちゃくちゃ似てて間違って呼んじゃったーとか、嘘つくにもほどがあるんですけど!」
「ほんと、ごめん!一緒にやってるゲームのキャラの名前が、みたいな感じで言ってもよかったんだけどさ……。ほら、あたし、こういうゲームしてること、クラスの友達、知らないからさあ」
「気をつけてよね!……でもそっかあ……女の子って難しそうだよねえ……」
「つーか、俺明日朝から模試あるから、次ラストでいい?」
「あっ。オッケー。今準備する」
「そのティアラ絶対意味ない」
「かわいいじゃーん」
「でも似合ってる」
「確かに似合ってはいる」
「えー!二人にそう言われるとめっちゃ嬉しいー!」
「じゃ行こうか」
「はーい!」
「出発!」

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