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これから生き残るのは社会不適合者だっ!

■これからは社会不適合者が生き残る!

今回は【適者生存】について書いていこうと思う。
参考資料としてクライブ・フィンレイソンの「そして最後に人が残った」という本を挙げている。さらにこの本を数年前のラジオで俳優の武田鉄矢氏が紹介されていたのでそちらも参考にしていく。

■適者生存とは

・適者生存とは

生物進化論の用語で、生存競争において環境に最も適したものが生き残る機会を保障されることである。最適者生存ともいう。
1864年ハーバート・スペンサーが発案、その後チャールズ・ダーウィンも影響を受ける。

・弱肉強食との違い

個体での話か種自体での話かであると考える。強弱は環境よって変化するからである。個体同士が喰ったり喰われたりはあまり関係がない、というかその時の環境で決定されていて環境が変化してしまえば最も簡単に強者弱者はひっくり返ってしまうことがある。

その点で、「適者生存」と「弱肉強食」の明確な違いは環境の変化を考えず、今この瞬間にフォーカスしたものが「弱肉強食」であり、
大きな視点、種自体であったり時間経過を加味したものが「適者生存」ではないかと考える。

■話は旧人類まで遡る

・ネアンデルタール人
かつて地上に栄えて歴史を持ったネアンデルタール人という種がいた。
ユーラシア大陸にいたネアンデルタール人は急速に姿を消した。
ネアンデルタール人は立派な体格をしていた。
筋肉質で高い文明を持ち、言葉を使い、ある程度集団を意識していた。
主に大型動物を食料にしており、道具は棒や石斧は使うものの、
弓矢や槍のような飛び道具は使用していない。
立派な体格ゆえ、大型動物にも接近し、立ち向かっていた。
そのことで死ぬことも多かった。
さらに一部では死者の側に花を手向けるといった埋葬の習慣をもっていたという説もある。“人間に近い亜種”であり、
人類種のなかでおそらく“最高最強の種”であった。

それにもかかわらず“最高最強の種”は絶滅した。

・我々の祖先、現生人類
ネアンデルタール人に比べ、現生人類は貧弱で大型動物は狙えなかった。
逆に獲物にされるほど弱い猿であった。森の隅や草原と森の周辺部に住み、森の中央部にある甘い実を諦めた。
落ちた木の実を拾って一生懸命生きる弱い猿であった。
そのことで股関節を柔らかくし、直立歩行が可能になった。
集団で行動し、言葉を作り、空いた両手で槍と斧、弓矢、釣り針を発明した。農耕より早く犬との共生を始め、人間らしさを手に入れた。
食料ではなく、パートナーとして犬を飼うことは当時では原子力を手に入れるようなレベルだった。犬と共に狩りをする中で、定住農耕社会が始まった。

■社会不適合者と現生人類

・我々は似ている
現代において、一般社会に住むものはネアンデルタール人に例えることができる。旧人類の時代は、言葉通り身一つで生きなければならない。
しかし現代は「お金」や「学歴」、「コミュニケーション能力」などが種としての強さに含まれる。
現代の資本主義といっていいのかわからないが、
誰かが決めた基準が「環境」をつくる。
いい「環境」に生まれ、教養を身につけ、いい大学へ行き、いい職へ就く。
企業は要高卒資格や要大卒資格といった「環境」をつくる。
その「環境」を難なく受け入れ、それに適応した者だけが現代のネアンデルタール人として生きることができる。

一方で社会不適合者は現生人類に似ている。
学歴も教養もなく「環境」に恵まれず、小さく弱い猿。
社会という「環境」の隅っこで落ちているものを拾わなければ生きていけない。現代のネアンデルタール人のような強さはなく、邪魔だ邪魔だと言われながらも、か細く生きる人種なのだ。

■“最高最強の種”が絶滅したわけ

・種として完成されすぎていたネアンデルタール人
最高最強と謳われるネアンデルタール人は急速に数を減らし絶滅した。
それは当時、気候変動が激しかったことにある。
気候変動により森がひらけて、危険な大型動物からは大集団では隠れきれないため、小集団で狩をすることとなる。
主な食料である大型動物に対して勇猛果敢さゆえ接近戦では部が悪かった。
気候変動の影響はそれだけではなかった。
住んでいる風景は目まぐるしく変わる。
親世代は森林で暮らし、子はぽつりぽつりとある深い茂みのステップで過ごし、孫は草原で生きることとなる。
まったく違う環境で暮らさなければならないほど
気候変動が激しかったため
親が持ってた知恵は役に立たなくなった。
ネアンデルタール人が最高最強であるための「環境」は森がひらけ、草原になり、大型動物を狙うことができないため急速に絶滅へ向かった。

・種として完成されすぎることは滅びへの近道である
ネアンデルタール人は「環境」に適合しすぎていたため絶滅した。
“完璧に現状と適合したものほど、ある日、突然絶滅に直面する”、ということを筆者であるクライブ・フィンレイソン教授は著書の中で語る。

現代の社会で言えば、金を稼ぐことをまるで正義かのように拡散し、
金を稼げない人間を「無能」と言い、
他者ができることをできない者を「不適合」と罵る。
そういうネアンデルタール的な考え方の人間は今、この日本に溢れている。
溢れているのは、今この日本の社会がそういう“強さ”が通用する「環境」であるからと言える。

私たちが「社会不適合者」なら一般大衆は「社会適合者」であり、
なんの疑いもなく社会の同調圧力の中で働き、
毎日を過ごすことは現代社会に「適合」し、完成されているということだ。

クライブ・フィンレイソン教授の研究が正しければ、「社会適合者」はこのままだと滅びの一途を辿ることになるだろう。

■社会不適合者が生き残ると言える理由

・適合しないものが環境に合わせるうちに適者になっていく

武田鉄矢氏はこの本の要約の中で語る。

“あんまり完璧にデザインがうまくいっていない、環境にピタッとはまっていないとか、そういうやつが「このままじゃ俺はダメだ。遠くの町に出かけよう」と言いながら、更に過酷な環境に出発すると、その適合していないものは急速に自分の機能を上げて、生存が可能になる。”

その環境に適した者が生き残るのではなく、
適合しない者が環境から抜け出し、違う世界に進出すると生態的解放という急速発展を成功させる。

これはまさに私たち社会不適合者である。
今この社会という環境に合わず、追い出された者や自ら脱出する者は現生人類のように社会という安全地帯よりも社会の“外”を選んで生きるのだ。

社会の“外”に生きることは過酷だ。
誰のせいにもできない。誰も責任はとってくれない。
以前【社会不適合者がシャーマンキングを目指すべき言葉10選】
の記事の中で“何がおきようと法に守られることはない。”というのはこういった過酷さへの覚悟である。

・明日幸せになる人は、今、不幸でなければならない
武田鉄矢氏はこの言葉を「適者生存」の要約とした。
今、謂れなき迫害や排除の対象だとしてもそれは明日幸せになるためなのかもしれない。

現生人類は貧弱で弱いからこそ、工夫をして生き残ることができた。
大型動物を狩ることができず、落ちた木の実を食いながら生活していたことが生存の鍵となった。
種としての小ささや弱さこそが「環境」において強くなる条件であった。

・社会不適合者の適合する「環境」
しかし唯一の相違点としては、現生人類は適する「環境」が訪れたということだ。気候が落ち着いたあと、文明が蓄積されはじめ、集団での狩りや技術を伝承し、集団を作り、集団は村を作り宗教ができる。

現生人類は、いや“人間”はゴールを見つけた。
自分たちが生存できる「環境」にたどり着いた。

しかし、社会不適合者はどうだろう。

今現在は社会の“外”にいるかもしれない。
その社会の外に人が溢れ始めるとまたその中でネアンデルタール人が生まれ、また迫害や排除が行われ、ただ社会の“中”と“外”が入れ替わっただけで
同様の一途を辿るかもしれない。

社会不適合者が“適合”できる「環境」は、ゴールはあるのだろうか。

■まとめ

今の社会は過渡期に値すると考える。
例の事情により、一般大衆は今までの生活に変化を余儀なくされている。
この“例の事情”はただひとつの“イベント”に過ぎす、
今後も他にもたくさんの“イベント”が起こり、
今までの生活や価値観はどんどん変わる。
それは旧人類が経験した気候変動を彷彿とさせるだろう。

その中で現代のネアンデルタール人は今の状態を維持すること、一般大衆を洗脳、マインドコントロールし同調圧力を生み出し自分勝手な利益を生み出すことにに必死である。

しかし「環境」は刻一刻と変わっているのは事実だ。

私のような社会の外にいる社会不適合者にはあまり影響はない。
社会の外いる者の第三者的な目線からだと、社会の中いる者よりもその
「環境」の変化はかなり大きな変化として見えている。

ある一部の「環境」の動きがまるで社会の外に似てきているいるような、
いや正確には“外”と“中”の境界がなくなり始めているように見える。

今の段階ではまだ“中”が“外”に侵攻を始めたのか、“外”が“中”を侵食し始めているのかわからない。

ただ言えることは、私たち社会不適合者は
絶えずバージョンアップを強いられているということだ。


「環境」の変化は確かに私たちを住みよくするかもしれない。
しかしそれは明日明後日のことではない。
人類の進化ごとくゆっくりと、ジワジワと進むものであり、
「環境」が私たちのゴールになる日だけをアテにしていると言葉通り、
絶滅、いや絶命することになるだろう。

社会不適合者のゴールは果ての果て、そのまた先にある。

恐れず、腐らず「変化」と「進化」を信じて
小さな一歩を踏みしめていくしかないのである。

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