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【師事】人生の動かし方を教わった話。

無事大学を中退した私は実家に強制送還となった。
一人暮らしの昼夜逆転生活のクセが抜けず、
毎夜毎夜飲み歩くようになった。
夜外出して朝方帰る。
そんな自堕落な生活が何週間か続いた。
私は自分の財布と口座の残高を見て愕然とした。
お金がなかった。
仕事せずただ飲み歩くだけの毎日。金は出て行く一方だ。

仕方がないからバイトをすることにした。
バイト先はMとしょっちゅう一緒に行っていたデパートの中の
カフェだった。

私は大学を中退したので最終学歴が高校になってしまっていたし、
高校での特別クラスでは就職に有利な資格や
検定は取れなかったので一つもなかった。

挙げ句の果てに体は小さく筋力もなかったので
ガテン系の仕事も難しかった。
仕方なくと言ってしまったら、そういう仕事に熱意を持ってやっている人に失礼にだが、私には選択の余地がなかったという意味で仕方なく、
接客業を選んだ。

バイトして夜飲み歩く生活が続いたある日、
見かねた両親が「免許を取れ」と提案してきた。
全額実家持ちだった。
資格も何もないからまともな職に就けない。
免許さえあればなんとかなるかもしれない、とのことだった。
私は免許を取ることには大賛成だった。活動の幅が広がると思った。
自動車学校に通い、無事免許を取得することができた。
その頃、カフェのバイトがうまくいかなくなり、
辞めようと思って求人誌を眺めていた。

すると近くにカラオケ店が新しくできるため
オープニングスタッフを募集していた。
これはいい、と思って電話しようと思って電話番号を確認しようとした時ふ、と隣の求人が目に入った。

「T書店」

私は映画と同じくらい漫画や小説も読んでいたし、
本に囲まれて働ければ幸せだなぁと思った。
本屋さんは盲点だった。
でもよく見たら、時給がカラオケ店の方がよかったのですごく迷った。

結果両方に応募した。
どっちか合格した方でいいやと思った。

まずカラオケ店の面接に行った。
店内はまだ改装中でブルーシートやビニールを被った什器が
雑然と置いてあった。
声をかけると中から年がさほど変わらないぐらいの可愛らしい
ギャルが出てきた。

私の心は踊った。

しかもかなりノリが良く面接という感じではなかった。
むしろ向こうから履歴書を見て「同い年だから敬語じゃなくていいよ!」
と心の距離を縮めてきた。
面接は3分ぐらいであとはもう普通に喋っていた。
しかも私は飲み歩いていたとは言え、
やはり飲みの席ではネタをやれていなかったので
そのギャルに今まで溜め込んだネタをイッキに放出した。
驚くほどウケた。
また連絡するねー、と言われ電話番号も交換した。

そして次がT書店だったが私はもうカラオケ店に気持ちが向いていた。
「あの子と楽しく働くんだぁ!」なんてトランペットに憧れる少年のように目を輝かせていた。
面接の日取りは決まっていたので、とりあえず行ってみる事にした。

店内に入るとカウンターに店員さんが1人いた。

ど金髪の、ロン毛でツイストパーマのかかった長身の男。
目つきが鋭い。
私は経験から一瞬にしてこの男が捕食者タイプだと悟った。

そして何より問題は店内だった。
T書店というから本屋さんとばかり思っていたが
店内の商品の9割がアダルト商品だった。

私は大学のある都市へ行ったり、失踪したりしていたので
このT書店の存在を知らなかったが、
後で聞いたら有名なアダルトショップだった。
長身の男は「店長呼んできます。」とだけ言い奥へ行った。

もう逃げて帰ろうかと思った。
足を後ろに下げようとした時、店長らしき男が出てきたので
逃げるタイミングを失ってしまった。
履歴書を渡し、店長の顔を見た。

完全に寝起きだった。

履歴書を眺め何も質問はなく、合否は後日連絡しますとだけ言われた。
正味5分も経っていなかった。

合格の感触はなかったから、もうカラオケ店で
ウハウハな生活を送るんだと思っていた。

合否の結果はT書店の面接の翌日かかって来た。
なんと先にかかって来たのは「T書店」の方だった。
どうせ不合格だろうと、たかを括っていたがなんと合格。

もちろんすでにカラオケ店でウハウハ生活を予定していたので、
T書店が合格するなんて考えてもいなかったし、ウハウハ生活ができないのは困る。
一瞬にして、「すいません。他で決まりました。」
というセリフが浮かんだ。
もう下の根っこまでセリフが出て来てあとは音に、声になるだけ、
そう思った瞬間。

あのカウンターにいた長身の男がフラッシュバックした。

捕食者。

私のような人間はこれまでああいった人間にいいように弄ばれてきた。
しかもあの目つきは只者ではない。
かっこよく言えば修羅を歩いて来た男の目。
到底私はあの男の前ではうまく立ち回ることなんてできない。
私のような人間の弱点を全て知っていて、私を壊すことは簡単だろう。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

私は、「T書店」の合格を受けた。
私は自分でも驚いた。
電話を切ってすごく後悔した。
どうして合格を受けたのか。

しかし、この決断が私の人生を救うことになる。

当時はなぜ、ウハウハ生活を選ばなかったのか
自分でもよくわからなかった。
しかし、今考えると本能的に
生きようとしていたのかもしれないと思っている。

ずっとマトモな人間関係を築けなかった。
当時は友達と言っていたが、どうだろう。
それは言葉だけのもので、本当に友達と言える人間はほとんどいなかった。
私を誘う者はいなかった。誘うのはいつも私の方だった。

中学では空気になり、
高校では隔離され、
ちゃんと人と付き合うことができなかった。
それが大学で露見し、
いろんな騒動を巻き起こし、
ほとほと自分に嫌気がさしていた。

バイトをして、
微々たるお金を稼ぎ、
飲み歩き、
何かを誤魔化して、
現実から目を逸らして生きている。
ずっとこんな生活が続くのが嫌だった。

漫才師以外で就きたい職業なんてなかったし、
何かができるということもない。
私は何をすればいいのか、
どうすればこのクソみたいな生活を抜け出せるのか。
それともこれが私の人生のMAXなのか。

私は、生きることを諦めていた。
バイト先を探したりするのも暇つぶしだった。
自ら、この世から卒業しようと思っていた。
でもそれすらもどこでどうすればいいのか迷ってしまった。

2日迷うと、お腹が空く。
お腹が空くとご飯を食べる。
お金がない。
バイトしなければ。
この世からの卒業は、バイトしながら考えたらいいし。
そう思っていた。

しかし、あの長身の男を見たとき、自分の中の本能が顔をあげた。
このクソみたいな人生を壊してくれる何かを
持っているかもしれないと感じたように思う。
だから、私は意思に反して合格を受けたのだろう。

T書店でのバイトが始まる。
最初は面接の時に見た長身の男とまた別の金髪の兄ちゃんと
私の3人だった。
普段は朝から夕方までのシフトは2人体制だよ、とのこと。
なので私は研修があけると長身の男と2人きりになるのだ。

長身の男の名はK。
思いの外優しく、悪い人ではなかった。
しかし冷たい側面というか厳しいところがあった。
仕事に対してではなく人間に対して、である。

研修があけ、Kと2人でのシフトが始まる。

置いてある商品が商品だけにあまりお客さんは来ない。
日々の業務はそこそこ午前中に終わってしまう。
することがないから雑談をして過ごす。

そして、どういうわけか私はKに今までの人生を話した。
こういうことがあって、こうなった。
こういうことで悩んでいる、など。

そしてすべての話を聞いたKは
その時の私に大ダメージを与える一言を発した。

「おまえに今までどんなことが起こったかはわかった。
でもおまえの話は、
おまえ自身がどうしたかったのかが全くわからない。」

考えたこともなかったのだ。自分がどうしたいかということを。

友達に誘われて受けた高校受験。
ゴリ押しで仕方なく受けた特別クラス。
大学は単位が足りずに中退。

自分がしたいと思ってやったことはなく、
すべて誰かから言われて
進んできた道だった。

私はずいぶん昔に、「自分のしたいこと」を放棄していた。
いや、放棄させられていたのかもしれない。
操り人形を操る糸の先にいる者に。

私は、このKという男を人生の「師」とした。
10年間、この男からいろいろ学び、
何があってもこの男を、この師を信じてみようと心に決めた。
それが間違いでも、
正しくないことでも、
10年やってダメならこの世から卒業する。
そして勤務中にも関わらず、いろんな話をした。

常識的なことから非常識なこと、
合法、非合法、
喧嘩の仕方、
お酒の飲み方、
恋愛テク、
スケボー、
サッカー、
ビジネス、
心理学、
法律、
なんでもありの無料の講義。

そして、何より私の心を打ったこと、それは私の「笑い」に対する熱意を
すんなりと受け入れた挙句、昇華させてくれた。

「人を笑かすことができることは武器になる。
 何にでも応用が効く。
 おまえは笑いを笑いとしてしか使ってないだろ?」

私はやっと活路を見出した。

「漫才師」にはなれなかった。だけど「芸人」ではいられる。

テレビに出たり、
ライブをしたりしないもっと一般的な、
まるでよその地域の話を
おもしろおかしく話す物好きのように生きていけるのではないか。

私は、自分がどうやって生きていくのかが明確になった。

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