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音響解析の話3

前回までのお話です。
音響解析の話1
音響解析の話2



幾何音響理論

幾何音響理論は音の波動性を無視して扱うもので、直接音と反射音の間の干渉や、回折などの波動現象は起こらないとし、光と同じように直進および幾何学的反射のみで音の伝搬を記述します。

この幾何音響理論の代表的な解析手法には音線法と虚像法があります。



【音線法】
音線と呼ばれる単位エネルギーの進行経路を用いてその反射履歴を追跡する計算手法です。音線は最短経路を通るという Fermat の法則に則るため、温度及び密度が均一な物質中を進行する場合、音線は直進します。また壁面にぶつかると鏡面反射します。

音線法は計算が容易であるという利点がある一方、音線数や受音半径の設定によってさまざまな誤差が生じます。




【虚像法】
壁面に対する音源の虚像(虚音源)を作成し、実音源と虚音源に単位エネルギーを与えます。音線法では音源から無数の音線を放射していましたが、虚像法では各音源と受音点を結び経路を考えます。その経路が実際に到達可能な経路かどうかを判定し、到達可能であれば虚音源ごとの距離減衰と反射壁面による吸音を計算し、受音点でのエネルギーと到達時間を算出します。

音線法と同様に、音は直進し鏡面反射すると仮定しますが、距離減衰の考え方は音線法とは異なり虚音源ごとに考慮する必要があります。


虚像法では「方向、音の強さ、到達時間に」ついて音線法より正確に求めることができます。そのため初期反射音構造の検討やエコー障害のチェック、反射音の指向性の検討に有効です。しかし多数の虚音源を考慮しなければいけないため、計算効率が悪いという欠点があります。






波動音響理論

波動音響理論では音波の振る舞いを波動方程式で記述します。これらの式を離散化し、数値的に解くことを波動音響数値解析と呼びます。

波動方程式を解くため、音波の波動性を考慮した正確な予測ができますが膨大な計算量となり予測できる対象や範囲が限られます。

波動音響数値解析では一般的に次の計算方法が用いられます。
・境界要素法(BEM 法)
・有限差分法(時間領域有限差分法 FDTD 法)
・有限要素法(FEM 法)


【有限要素法(FEM)】
Finite Element Methodです。解析的に解くことが難しい微分方程式の近似解を数値的に得る方法の一つです。

具体的には、微分方程式で定義された複雑な解析対象を、数学的に取り扱いが容易な微小要素に分割し、微小要素ごとの解析を行うことで、全体の挙動の近似値を求めます。

一見複雑なように聞こえますが、要するに
「時刻t+1、空間(i,j,k)における音圧は、その1ステップ前(時刻t)の、その地点(i,j,k)における音圧と、x,y,z各方向に隣り合わせる音圧、そしてその2ステップ前(時刻t-1)のその地点における音圧の、加算、減算および定数の乗算で計算される」という単純な構造となっています。

要素ごとに物理特性を選択可能なため、媒質の変化(温度の空間分布や複雑な吸音機構等)を与えられる利点があります。

一方で欠点もあり「音波は波長が短く 3次元計算になると非常に大規模になること」「FEMは有限な領域で計算するため、音波のような無限領域を対象とする場合には開境界処理が必要なこと」等の特徴があります。





【境界要素法(BEM)】
Boundary Element Methodです。有限要素法と同様に節点と要素を用いますが、名称通り、対象領域の境界についてのみ考えます。解析する場の境界部分を有限個の要素に離散化して、場の任意点における物理量を算出します。

そのため例えば立体問題の場合は外側の表面しか考慮せず、領域が平面の場合は外縁しか考慮しません。このように次元を1つ減らすことにより問題を素早く解くことができます。次の解析に効果的です。

* 振動する構造物からの放射音特性
* それらが特定の構造物に取り囲まれた際の放射音に関する周波数特性




【有限差分法(FEM)】
有限差分法は有限要素法や境界要素法と同じように偏微分方程式の解法です。その基本原理は未知関数の微分係数を差分商で置き換えることにより、偏微分方程式を差分方程式に変換し、それを代数的に解くことにあります。

音響現象に限らず、あらゆる物理現象は数学的に微分方程式で記述されますが、有限差分法では微分項を差分に置き換えるだけであるため、アプローチが直截的で、なおかつ適用範囲が広大です。そのため工学の多くの分野で早くから利用されています。




【時間領域有限差分法(FDTD)】
その中でもFDTD法(Finite difference time-domain method)は、時間領域有限差分法と呼ばれ、音場を空間的にも時間的にも離散化し、
支配式の微分項を差分商で近似することにより
音波の挙動を時間ステップ毎に計算していく手法です。

音響現象のメカニズムを視覚的に把握できる等メリットがある一方で、音 場を直交グリッドでモデル化するため、複雑形状を表現する場合には、その寸法に見合った小さい寸法のグリッドで空間を分割する必要があります。


有限要素法や境界要素法は定常状態の予測によく用いられるのに対し、FDTD法は時間軸に沿って、初期状態から指定の時間あるいは定常状態になるまで全ての時刻を計算する手法という特徴があります。


具体的には、音圧と粒子速度を、空間的にも離散化された格子上に互い違いに配置します。そして互い違いに配置された複数の物理量を時間が発展するよう交互に逐次計算します(リープフッグアルゴリズム)。




音響解析の例

多くの工業製品を対象に音響解析が活用されています。
・自動車産業では車室内騒音解析
・航空宇宙産業ではエンジンからの放射音
・造船産業では水中における音響解析
・オーディオ産業ではスピーカーの音響解析
・建築産業では壁の防音・遮音解析


例えばコンサートホールなどの大規模空間の音場解析では、計算が容易な幾何音響理論がよく用いられます。波動音響理論の方を用いた場合、現在の計算性能では全ての可聴周波数を対象とした計算が困難です。






ハイブリッド手法

二つの解析手法「幾何音響理論」「波動音響理論」を組み合わせた手法も存在します。

ある周波数を境に波動音響理論と幾何音響理論の計算結果を補正し合成するという手法です。

低音域では波動音響解析手法を、高音域では幾何音響解析手法を使用します。




参考文献

岡本則子、大鶴徹、富来礼次、藤野清次、有限要素法による室内音場解析におけるCOCG法の収束性


坂本慎、有限差分法による音場の数値解析、騒音制御: Vol.31, No.4 (2007) pp.263-270


横田考俊、坂本慎、橘秀樹、差分法による室内音場の解析、騒音制御: Vol.31, No.4 (2007) pp.299-304


漆戸幸雄、綿谷重規、幾何音響シミュレーションによる室内音場の視覚化、可視化情報学会誌 11 (Supplement2), 93-96, 1991

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