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Silver story #43

#43

目を覚ましてくれたのは、日本のそれとは違う鼻からはいってきた異国の香りだった。
私は、バリの食べ物に合う体質なんだと自分でもかなり驚いている。
香りが強い食べ物ばかりでこの国に来る前は、かなり心配していたが、お母様の料理だからか、出されるもの全てが美味しく体にすんなり入っていくので自分でもびっくりしているのだ。

隣にいたはずのユキさんもキッチンでお母様と一緒に並んで楽しそうに料理をしている。
とてもいい眺め。
とてもいい時間。
とてもいい。

私には、あんな時間がなかったから羨ましい。家族縁がない私にはとても眩しく見える。弾む会話や、笑い声、母と娘の関係性。
私は、母ではなく代わりに姉があれに近いことをしてくれたが、やはり母親との関係とどこか違うと彼女たちを見て改めて思った。
そういえば姉ともしばらく連絡をとってないから帰ったら会いに行くことにしよう。

だんだん料理も佳境に入ってきたのだろう、ユキさんが皿やスプーンを運んできて目が覚めた私に微笑んでまた戻って行った。

「サヤ、オキマシタ。サヤ、ダイジョウブヨ。」

ユキさんはわざと日本語でお母様に伝えてすぐに出来上がった料理を運んできた。
大きめの皿に、幾つかのボール状の器に盛られたこれぞバリというような料理の数々で、この国に来る前にネットで見たのと同じようなセッティングの料理だった。
いつもの大皿にドンと盛り付けられたモノと違い日本の懐石料理のそれと同じなのかなと思って聞いてみた。

「この料理は何ですか?いつもと違いますね。」

「ハイ。お祝いの料理です。
サリナが立派にやりましたからね。」
なるほど、やはりそうか。
「サリナちゃんは、いつ戻りますか?」
「サリナは、まだ眠っていると思います。多分、朝くらいに村長が連れて帰って来ます。」
「すぐに帰れないのですね。」
「ハイ、全てが離れてしまったら戻ってきます。」

すべてが離れる?
スベテガ ハナレル。

やはり何かしら神秘的な神の域のなせる技だったのだろう。サリナちゃんのあの狂気さえ感じる舞や、私に降りかかって来たあの目玉、ここに着いてからまた見たあの炎の塊も神様の仕業なのかもしれない。
思い切ってお母様に話してみようとこう切り出した。

「お母様、私、あの場所でオレンジ色の塊が襲いかかって来たのです。そしてまた同じようなものがさっき夢にでて来たのです。炎のようにユラユラして、目玉が…」

「沙耶、ストップ!すべてを話してはいけません。悪い事が起きます。」

「え⁉︎あ、ハイ…わかりました。」

いつも穏やかなお母様が、思いもよらぬほど強い口調だったので一瞬ビクッとしてしまった。私は、それ以上聞かないことにしたが、頭の中に浮かんできたあの二人の事については、何故なのかどうしても知りたかった。

「沙耶、あなたは選ばれました。誰でも見る事は、できません。あなたのとても大切な事を見たのです。だから、ちゃんと覚えていて下さいね。」

お母様から思わぬ「答え」が返ってきたのでまたまた驚いてしまった。
私の心のモヤモヤがわかったのだろうか?

「は、ハイ。わかりました。」
私は、それしか言う事ができなかった。
目の前の芳しい料理に気持ちを切り替えて今から味わう異国の祝いの善を楽しむことにした。

運命というものがあるのならこの一連の事は、いつかはっきりと結果として整理され現れるだろうと思い楽しみに待つことに決めた。
そう思ったらお腹がグゥグゥ鳴り出し、口の中に溜まった唾液をゴクリと飲み込んだ。

「沙耶。食べましょう。お腹空いたでしょう。」
「え、サリナちゃんは待たなくていいのですか?」
「サリナの分はこうやって取り分けてあります。だから大丈夫よ。いっぱい食べてください。」

日本で言うとこの「陰膳」のように同じ料理のセッティングが一人前別に用意してあったので内心待たなくて良かったとホッとして料理をもう一度見渡した。
それから食前のお祈りが終わるのと同時にすぐに目の前のご馳走に飛びついた。

体に染み込むバリの料理を
体に染み込むお母様の愛情を
勢いよくどんどん口へ運んで行った。

2人の笑い声が良いスパイスになったこのバリの食事は、これからもずっと覚えているだろうし、この料理の味や香りは、一生忘れられないものになっていくのだろうと思いながら食べ続けていた。

#小説 #バリ島 #バリの話




運命というものがあるのならこの一連の事は、いつかはっきりと結果として整理され現れるだ


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