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Silver story #51

領事館のあるデンパサールは、国際空港があり、そこまで行けばぐっと日本が近くなるように感じる。
ほんの数日前にここに来てすぐにバリの深いところに魅せられた私は、まるでタイムトラベルをしたかのように、今までの自分の体験が一瞬だったような気になっていた。

人に話してもきっと夢でも見たんじゃないと言われるのが関の山だろう。私自身も、説明できるかよくわからない。ただ、光一さんには、お母様のことをちゃんと話さないといけないから、揺れる車の中で今までのことをいかに短く分かりやすく伝えるか頭の中でぐるぐる考えていた。
何しろ国際電話での会話だからあまり長くも話せないし、まず第一は、私の無事を伝えないといけないからだ。

今思えば、私がバリに行く事を告げた時、光一さんは、何も思わなかったのだろうか?
昔自分が愛した人の居るであろう国なのに、光一さんにとっては、もう過ぎ去りし日々の思い出になってしまったのだろうか?

ちょっとだけ、伝えるべきかどうか迷いが生まれてきたが、ユキさんの事を考えるとすぐにその思いも消えた。
彼女は、生まれてからこのかたずっと自分の父親について疑問を持ち複雑な思いで今日まで生きてきたのだから。

本当の父親が日本人で日本にいると知ってからずっと、どんな思いだったんだろう。そして私と出会ってまさか父親の存在がはっきりとして、もしかしたら会えるかもしれないという今の状況をどう捉えているのだろう。

あの夜、私が見せた写真とお母様から光一さんの存在と事実を聞いて今日までどんな心境だったんだろう。

さっき見せた笑顔と、「ダイジョウブ 。」の言葉の裏にはやはり私なんかが計り知れない思いがあるのだろう。
私がバリに来たことによって何人もの人の運命が変わってしまう。
大丈夫なのだろうか?私自身が少し不安になってきてしまう。

ルームミラー越しに見えるユキさんの顔は、バリの陽射しのせいかシルバーに包まれているようだった。光のベールでその表情は、はっきりと汲み取れなかった。

とにかく、大使館に着いて一本の電話から全てが始まるのだ。
どんな風に転がるかは、それこそ神のみぞ知るということだろう。

車はもうすっかり街中に吸い込まれていた。

#小説 #バリ島 #デンパサール #バリのお話

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