乙女な旦那と冷めてる嫁。そしてどうしようもない現実との闘い

私が結婚すると決めたのは2019年の夏のことだった

“年齢的に最後の恋にしたいから結婚して下さい”と
今の旦那に告白とプロポーズを同時に受けたのである

私は長年ずっとモテない女、つまりは喪女であり
旦那とつきあうまではまともに恋愛などしてこなかった
中学生でももうちょっとこう、なにかあるんじゃない?
という程度の恋人もどきは一瞬だけいたことはある
しかし“自分はあなたを幸せにする仕方がわからない”という
謎理論でフラレてしまった
しかも交際期間僅か1ヶ月程度である
今思えばどんだけ忍耐力ないんだ、この男は

旦那は割と夢見る乙女的な部分があり
来年の自分の誕生月に結婚したい!
と付き合い始めた当日から宣言されていた

一方で私は自分が結婚するなど思いもしなかったのでなんだかふわふわした気持ちでそれを了承した

しかし旦那は6月生まれで6月の結婚式といえばもちろんジューンブライドである
そのうえ旦那と私は職場恋愛であり、日曜日しか共通の休みがなかった
(6月の日曜日なんて今から押さえようとして間に合うのか?)
純粋に夢を描く旦那とは対象的に私は猛スピードで式場などのリサーチを始めたのである

とりあえず早急に式場を押さえなければならない
私がいくつかの式場を旦那に提案し、まずは市内某ホテルのウエディングフェアを予約した
ウエディング情報サイトなどを駆使して情報を集めたら
近場の結婚式を挙げられる施設でそこが1番コスパが良かった
という単純な理由である

やはり2020年6月の日曜日は予約でほぼ埋まりかけていた
即座に動いて正解だったのだ
既に選べる日時も少ない
そんな時に旦那が気づいたのが
告白+プロポーズから1年後の2020年7月27日がちょうど日曜日だということ
中身は乙女な彼がそこを見落とすはずもなかった
6月でもないのでその日はまだ予約も入っておらず、あっさりと挙式日は決定した

両家両親への紹介などを経て
(それは簡単にはいかなかったが思い出したくもないので略)
いよいよ具体的なことを決めていかなければいけない

結婚するとは思っていなかった私でも
実は憧れのウエディングドレスブランドはあった
ロリィタウエディングを掲げるHiroko Tokumineである
ロリィタさんのウエディングドレスを可愛く創り上げる世界
元ロリィタであった私はそこに密かに憧れていたのだ
しかしここは地方でHiroko Tokumineのアトリエは東京である
それでもまぁ、絶対着たいから上京するに決まっていた

斯くして私たちは11月のとある日に上京したのである
アトリエでドレスを選んでいると赤と黒の大人っぽさと可愛らしさを共有したドレスが目についた
徳嶺さんによると私の好きなロリィタモデル深澤翠さんが撮影で使用したものだそうで…
即決
そしてそれに合いそうなタキシードを見ていて灰色と赤のものが目についた
徳嶺さんによると私の好きなモデルのルゥトさんが先日のショーで着ていたものであると…
即決
我ながら決めるの早すぎだろと思った

12月には両家顔合わせも済ませ、その直後に私の父が亡くなったりもしたが
父が生きる糧にしていた自分たちの結婚式をなんとしても挙げなければ
という気持ちで日々準備に明け暮れていた

この流れでもうわかっていた方もいるだろうが
2020年といえば日本でも新型コロナウイルスが流行しだした年である
入籍は予定どおりだったが、当然のように結婚式は延期となった
理由が理由なので延期料金もなかった
コーディネーターさんが言うにはほぼすべての予約が延期となったそうである

そして2021年がやってきた
この頃は少しコロナウイルスの流行が収まっていたかのように思う
私たちは結婚式の準備を再開した
そんな中で起きたのが地元の病院での数百人規模のクラスターである
もう第何波だったのかは忘れてしまったけれど

キャンセル料は払うから諦めなさい
姑に言い放たれた
ドレス代の支払いは済ませているしフォトウエディングだけでもと追い縋っても姑は首を横に振るだけだった
その場で泣き出してしまったのをよく覚えている

その話を私たち夫婦から聞いた母が
お金はうちが払うからフォトウエディングはしなさい
と助け船を出してくれた
そして義姉もなにもしないのはあまりに可哀想だと姑を説得してくれた

こうして紆余曲折あったが私たちはフォトウエディング当日を迎えた
あんなに一生懸命考えた料理や装飾、演出もない
必死で作ったエンディングロールが流れることもない
友だちに頼んでいたスピーチが読まれることもない
あの頃の花婿花嫁はそんな人が多かったのではないかと思う

それでもあの日は私たち夫婦にとって最高の1日となった
ホテルスタッフさんたちはできる限りのことをしてくれた
母はぼろぼろ泣いていたし、あんなに反対していた姑も目に涙を浮かべていた

勿論、即決したドレスたちも着ることができた
ただコロナ禍太りでぶくぶくになった私はドレスにワガママボディを押し込むことになってしまった
そんな醜い花嫁であるにも関わらず、数時間で当分補給しなくていいほどの“カワイイ!”をもらえたのは
これまでの人生で一度きりな気がする

そんなこんなでフォトウエディングとはいえ私たちは結婚式を挙げた
新型コロナウイルスに振り回されたにも程があるが
当時結婚した人は皆同じようなものだろう

しかし心残りなのは可愛いドレスに膨満な体をねじ込んでしまったことである
ドレスだけはいつかリベンジさせてくれ
それが密かな私の野望だ



#結婚式の思い出

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