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『人形』乱歩にみる人形愛

人形の語義、作者 

<人形>人間の姿を模造して、木、紙、土、布、ゴム、金属、セルロイド、ビニルなどで加工された愛玩品。発生の歴史は古く、最初信仰の対象としてつくられたが、中世以降は鑑賞、趣好用として発達、さらに美術工芸品として扱われるようになるなど、多面的な性格をもっている。【1】抜粋

<作者について>江戸川乱歩(1894~1965)推理小説家。三重県名張町に生れた。早大政経学部を卒業。在学中、ポーやドイルを耽読。探偵小説の習作や翻訳を試みる。大学卒業後、谷崎潤一郎とドストエフスキーに感動、佐藤春夫、宇野浩二にも心酔した。【2】抜粋

A乱歩の変遷、B作品概観、C考察

A乱歩の変遷

乱歩は『人形』の最後で、「もし資力があったなら、古来の名匠の刻んだ仏像や、古代人形や、お能面や、さては現代の生人形や、蝋人形などの群像と共に、一間にとじこもって、太陽の光をさけて、低い声で、彼等の住んでいるもう一つの世界について、しみじみと語ってみたい様な気がするのだ。」

これは人形に対する彼の思いを端的に表している。作品が著されたとき、或る種の人形愛を有していた。①現代の言葉に言い換えれば、人形フェチ、人形オタクがしっくりくる。

後年、全集373頁『幻影の城主(人形)自序』の中で、「校正の際読み返して見て、(人形)と(瞬きする首)は無くもがなと感じた。この二つが最もつまらない。」と語る。

ここには人形をこよなく愛し、人形の群れに囲まれながら、日がな一日過ごすことを夢想した乱歩の姿はない。乱歩に何が起きたのか、そこに焦点をあてる。

B作品概観

作品の中で、人形は生きていると乱歩は言う。藁人形といえば思い浮かぶのは真夜中の呪いかけ、五寸釘を打ち込む場面。呪い殺すということは、生きていることが前提にある。

赤ん坊は生の象徴である。生きていることから連想するのは文楽人形。夜中の楽屋で繰り広げられる人形らの蠢き。

土左衛門、首くくり、獄門女、血に染まる表現、江戸時代の無残物。少年時代見物した、鉄道でひかれてばらばらになった、人間の死体の見せ物に話は移る。

「私は二度も三度もそこに入ったものだ。」と言う。生人形から蝋人形へと、蝋人形に関しては相当のペースがさかれる。

前①人形フェチ、人形オタク的告白で作品は締めくくられる。


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C-1考察(万華鏡のごとく)

乱歩の作品をいくつか読み、抱いた印象は混沌として捉え難いということ。千変万化な顔を見せる作家だということである。

谷口基は『<乱歩趣味>という原風景』の中で、[<乱歩趣味>の体系を構成するモチーフ群とはいかなるものか。

探偵、高等遊民、暗号、狂言、女性犯罪者、暗示、固執、偏執、錯覚、錯誤、夢遊病、一人二役、死体陳列、人形愛・・・(中略)乱歩文学とはすなわち万華鏡のごとき多元宇宙であり、従って<乱歩趣味>とは、乱歩文学を織りなす猟奇ロマン的モチーフの一要素であると同時に総体であり、また複数のモチーフが組み合わされた図式でもあるのだ。]【3】と述べている。

乱歩の作品世界は前記のごとく混沌とし、捉えどころがない。万華鏡のごとき多元宇宙を垣間見たい。

C-2考察(離れた理由)

乱歩年譜著作目録集成には、[1945(昭和20)年乱歩51歳、四月初め、家族を福島県保原町の知人宅に疎開させ、単身池袋に残る。

十三日夜の大空襲に、町会の半分が焼け隣組も全焼したが、奇跡的に一軒だけ助かった。五月下旬、病気のため町会役員を辞任。

二十五日の大空襲の際、火を受けたが大事に至らず消しとめた。六月、国民義勇隊の豊島区副隊長となったが仕事はしなかった。

七日に書籍家具の一部を疎開地に送り、翌八日病気療養のため家族の疎開地に移った。宇陀児宅も焼けていたのでその防空壕の中で、宇陀児、水谷準と別盃を酌み、別れの歌を高唱した。

八月十五日、終戦の大詔の放送を疎開先の病床で聴いた。隆太郎が土浦航空隊から帰還。十一月上旬、病気療養でおくれたが、ようやく家族と共に池袋の家に帰る。]【4】と記されている。

戦争の傷も癒えぬ日本にあって、暮らしを立ちいかせるだけで精一杯の時代。乱歩の心に人形のことなど、どうでもよい過去の存在になったと、考えるのが妥当である。

蓋然性としてはこれで間違いない。いや、乱歩の作品に『二銭銅貨』、『恐ろしき錯誤』、『接吻』がある。

物事を片面的にしか見ようとしない者に、警鐘を鳴らす側面のある作品だ。視野を広くもち、俯瞰することの大切さを訴える。

故に急ぐことはない、これから時間をかけて、府に落ちる結論を探す努力をする。

私が言えるのはこれだけなのです。


テクスト江戸川乱歩全集第24巻悪人志願 2015年7月30日2刷 著者江戸川乱歩 光文社 

<参考文献>

【1】【日本大百科全書18小学館2001 166頁】

【2】【日本近代文学大事典第一巻 1977年12月8日 講談社 229頁】

【3】【ユリイカ8月号第47巻11号[通巻第665号] 2015年8月1日 谷口基 青土社 234頁)】

【4】【乱歩年譜著作目録集成 1989年5月8日第1刷 責任編集平井隆太郎中島河太郎 講談社 28~29頁】



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