見出し画像

【瓦版】飛び出し注意!地獄のドライブ

毎日、瓦版のように世の中で起きたかもしれない、いや起きてないかもしれない個人的大事件を軽く書き連ねていきます。世の中、苦しいニュースばかりで耐えられないので自分で書くことにしました(動物が産まれたニュースばかり希望)。完全見切り発車小説、としとこう。瓦版があった当時、2〜3文で売られていたようなので、今回から書いていく瓦版も100円にしてみました。しかし全文、無料で読めます。やった〜。気に入ったら買ってください。やった〜。

今日はエイプリルフールだ。
だんだんと、世の中が嫌な方にマジになってきて、SNSのタイムラインでは明るい嘘さえ怒られるようになった。きっと、エイプリフールはなるべく嘘をついている人に怒らないように試されてる日だ。だけど、これからも本当に真実を知り続けたいか?と自分に問うと微妙だ。


あれは何年も前の春のことだった。恋愛において、競合が出てきたら第一線から退き相手にチャンスを譲ることをモットーにしてきた私だったが、その日だけは難しかった。

花粉症がひどいけれどそんなところも素敵な男と、ドライブデートをすることになった。彼の白色の車は、ほこりのベールで薄っらグレーになっていて、触ると指の跡がついた。洗車も出来ないくらい、忙しいこの人と、やっとデートが出来るのだ。

「今日、花粉ヤベェな」
「そうなの?私、花粉症じゃないから分かんないわ」
「まじかよ、もうな、日本中の風を止めたいしこれ以上スギの木を揺らさないでほしいわ」
「それは壮大な話やな」

何の気なしに窓を開けて、春風を入れた。
「おい、花粉花粉、花粉が。ばか」
「あ、ごめんごめん」

阿佐ヶ谷駅近くに車を停め、コンビニでサンドウィッチとコーヒーを買い込む。はぁ、お目当てのタマゴサンドが無かった。あれが一番うまい。結局一番うまい。

これから、どこに行こうか。今日一日、私たちにとって大事な日となる気がする。

「今日、ノープランだよね」
「うん、俺もそのつもり。当てもなく車を走らせよう」
「かっこよ」
「そう、俺かっこいいんだよね」
「花粉症で鼻赤いけど」
「赤くてもイケてるんだよね」

正直、運転している姿なら誰でもカッコよく見えるもんだ。バックする時の真剣な目、片手を助手席にかけてゆっくり下がっていくところも、見逃してはならない。でもそれをこの男は分かっていて、やりすぎてしまうことがある。そこは少し嫌いだ。かっこいいのに自分のかっこよさに気づいていない男は、どこの世界に存在するんだろうか。

さっきから信号で停まるたびに、助手席に座る私の右頬にキスをしてくる。わざと赤信号に捕まるようにスピードを落としているような。

「これなんかのゲームみたいだよ」
「区切りだよ」
「なんの」
「ずっと会えなかったから。いちいち停まるたびに思い出を作っていこうじゃないか」
「簡単に言ってくれるよ」

そこから30分走らせたが、わたしはその連続した一方的なキスに応じなかった。しかし30分も攻撃を受け続けると悔しくなってそのゲームへ参加することに決め、次の信号で向き合ってキスをしてみることにした。

ちゅう。

「好きです」
「私もです」

信号はまだ赤のままだ。ちょっと焦らすくらいがちょうどいいのさと思った。

青に変わりかける時に、左横から知らない女が飛び出してきた。

キィ〜!彼は思いっきりブレーキを踏んで、青ざめている。

「誰これ」

いま、目の前にいる髪の長い女と私は、フロントガラス越しに見つめあっている。そして彼女はゆっくりと男の方を睨み出した。

「いや誰これ」
「いやなんというか」

飛び出してきた女も、ガラス越しに「だれこれ」と言っているのが口元の動きで分かった。そして後部座席に乗り込んできて、「何やってんだよ、お前はよぉ!」と運転席を蹴りながら叫んでいる。

「え、なにこれ。なんで鍵閉めてないの。誰これ」
「お前が誰だよ」
「いやお前ってなんなんですか。あなた誰ですか」
「この男の彼女だよ」
「え、私も彼女なんですけど」

男はまだ発進しない。後ろからクラクションが鳴り、ようやく走り出した。

ここから地獄のドライブが始まった。

なぜか全員黙ったまま、5分が過ぎようとしていた。車内ではのんきなラジオが掛かりっぱなしで、恋愛お悩み相談コーナーが始まった。いま、おハガキ出しても間に合うだろうか。この状況を相談させてくれ。

ラジオDJは軽快にハガキを読み続け「も〜みんな大変すぎ!」と爆笑しながら、コメントしたのをきっかけに私は中指でラジオを切った。

運転席の男はようやく口を開いた。
「みんなに謝らないといけないかもしれない。これはすべて俺が悪いんだ」
「あったりめぇだろ、てめぇよ。コーナンに本棚つくる材料買いに行ったんじゃねーのかよ」
「本棚?」
「いや、うん、本棚をね作ろうとしてたんだ」
「てめぇ、まじで何回浮気してくれてんだよ。今日怪しいと思って、お前が走りそうな道を張ってたんだよ」

ネズミ捕りか。
この後部座席の女の勢いが、思った以上にすごかったので口がうまいように開かない。話を聞いていくと、わたしは、同棲している2人となぜかドライブしている、ということらしい。妙に冷静な自分がいて、この後の展開を考えていた。

女は「あの、この男は私の男で、何回も浮気すんの。いつも助手席に知らない女乗せんのね。分かる?」と言い放った。

「えっと。フリーだと聞いてたもんで、付き合ってた気持ちで今ここに座っています」
「みんなそう言うね」
「みんなそう言うんですか」

男はこちらを見ようとしない。首から汗を流しているのがやけに輝いて見えた。

「やばい、高速に乗ってしまった」

地獄の延長を知らされ、サイドミラーに映る女の顔がちゃんとした鬼になっていくのを確認した。こういう時、鏡って便利だ。

それから彼女から、私に対して尋問が始まり、逆にこちらからも尋問し返したりして、鬼になる役を交換して演じた。窓は全開にして、花粉も参加してもらうことにした。

男はただ黙って、涙目で法定スピードを守っていた。

デート開始から2時間も経たないうちに、なぜこんなことになってしまったのだろう。赤信号キスいぇいゲームに参加してしまったせいか。

高速は終わりに近づき、わたしはこの無駄な争いに体力を奪われ力尽きそうになっていた。新しく買って着てきたおニューの下着はしおれている。

「わたし、降りる。電車で帰る」
「え、なんで」
「なんで?」
「待って、一回だけガソリン入れていい?」
「もう、もうなんでもいいよ」

後部座席から「なんでもよくはねぇよ!」と女がキレている。それは本当にそうなんだよ。

最寄りのガソリンスタンドに寄り、男が外に出て、我々女たちは二人っきりになった。

「あの、諦めます、わたし」
「はい、そうしてください」
「こういうの何回も体験してるんですもんね、他の男探した方がよくないすか?」
「あんたから言われたくないよ。もう恋愛はこの男で終わりって決めてんの」
「まだ若いのに」
「クソビッチにも終わりってあんの」
「わたしも終わりだと思ったんだけどなーー」
「次があるよ、ほら降りな」

座席を軽く足蹴りされて、言われたとおりに降りて、サイドミラーを見た。赤信号キスのせいで、頬のファンデーションは落ちていた。

男はガソリンを入れている最中で、私を見てこう言った。

「全部うそだからね、これ」
「ここまで来たら本当だろ」
「落ち着けって」

返事はできず、知らない街の道路を歩き駅に向かった。なんか鼻もかゆくなってきた気がする。

春って色々ある。すべてが嘘だったらいいな。



全部を賭けない恋がはじまれば
(ひろのぶと株式会社)

ぜひ読んでください。感想、すご〜く嬉しいです。精神がお腹いっぱいになります。

ここから先は

0字

¥ 100

思いっきり次の執筆をたのしみます