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87.薩摩の居酒屋、芋焼酎での思い出

 いろんな出会いがあるもので、粋な男はかっこいい。

 私がまだ学生の頃、学友と大学近くの居酒屋でただお酒を飲んでいた頃。あの頃は”お酒を飲む”を目的に行動できていたので、なんなら今よりお酒を楽しめていたかもしれません。
 友達と、やれあの抗議がどうだ、単位がなんだと愚痴を言ったり、学内での噂にへーへー話半分聞いてみたり、一丁前に情勢について語ってみたり、と話を肴にグラスを傾けていました。

 お酒ももちろん芋焼酎。(お店で「焼酎下さい」と言ったら、芋しか出てこないので必然かもしれません。そんな鹿児島が大好きです。)まあ、芋焼酎が単に好きだったのもありますが、芋焼酎が日常でした。
 その時のお酒は、薩摩酒造の『黒瀬』。結構コク(?)が強めで甘味があって飲みやすいお酒だったのを覚えています。これがまた好きでして。これをグラスでもらいながらチビチビやっていました。貧乏学生でしたがこんな飲み方もまた好きでした。(いつか貧乏飲みで記事書こうかな。)

 店内にはテーブルの外にカウンターもあって、女将さんと時折談笑しながら、一人静かに飲む大人の男性がいらっしゃいました。
 我々が「うまい、うまい」とグラスで唇を潤す様子を見聞きしてか声をかけてもらいました。

「黒瀬は好きですか」

 私はもちろん大好き。友人たちは味にうるさい方では無いものの、気に入らないものには敏感というなんとも現金なやつでした。そんな彼らも文句も言わず飲んでいたという事は「気に入った。うまい」という率直なフィードバック。(”現金”の良いところはわかりやすい素直というところですね)
 酔っていた事もあり、今思えば少々不躾ではありましたが若さにかまけてノリノリで返答しました。

「大好きです!美味しいのでオススメですよ!」

 返答を受け「そうですか、ありがとうございます」と静かに答える男性。
 うーむ、なんと大人でしょうか。私もこうありたいものです。

 そんな事がありつつ、また下らない話に花を咲かせていると、女将さんが一本のボトルを持ってきました。ラベルには『黒瀬』。

「あれ、頼んでないですよ?」

 まごまごと困った顔を見合わせる学生たちに女将が優しく一言添えてくれました。誰しも言いたい聞きたいであろうあのセリフ。

「あちらのお客様からです。」

 見ると先ほどカウンターから声をかけてくれた男性が。
 聞くと、なんと薩摩酒造の方なんだとか。

「嬉しい言葉が聞けたので、そのお礼です。」

 か、かっこいい。ダンディで紳士。しかもこちらに花を持たせてくれるとは…。下らない話の花を咲かせている場合ではありません。すぐさま男性から貰った花に持ち替えます。

「あ、ありがとうございます!!」

 若さしかない我々には元気なお礼を伝える他ありません。
言葉のほかに、行動でも。

 粋には粋(?)で応えるべく、頂いた五合瓶をへべれけになりながら我々全員で喉で音を立てながら、中身を空けます。
 と言っても一人一合くらい、しかも美味しいお酒。苦でもありません。

 ギリギリのところでしたが、男性のお帰りには間に合いました。
 空いた瓶を抱えながら「ご馳走様でした」と挨拶すると、ダンディながらもふわっとした笑顔を見せながら再度「ありがとう」と言って店を出る背中。うーん、惚れてしまいます。


 さて、何事も言うのは簡単ですが、やはり何をするかで初めて人がわかると思います。(お酒を飲んだだけの我々はともかく)男性が贈ってくれたのは一本のボトルでしたが数年たった今でもこうして思い出になる一本になりました。

 いつどこの出会いが誰の思い出になるかもわかりません。何年も思い出に残っても良いように、私も日頃から”思い出に足る”人間を心がけていきます。

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